419.事なかれ主義者は見られるのには慣れた
朝、目が覚めるとすぐ近くにモフモフの尻尾があった。
真っ白で柔らかな触り心地のその尻尾は、狐人族のエミリーの尻尾だ。
彼女は既に起きていて、体を起こして座っていた。僕の顔のすぐ近くで尻尾をパタパタさせるためだろう。
「触ってもいいんですよ?」
「触って欲しいだけでしょ?」
まだ服を身に纏っていなかった彼女の体をあまりじろじろ見ないようにしていると、モフモフと尻尾で顔を軽く叩かれた。
仕方がないので数回尻尾をモフモフしたら満足したのか、エミリーは服を着て部屋から出て行った。
僕もさっさと着替えよう。
昨夜、ランチェッタ様から隣の魚人の国との問題が一段落しそうだと教えてもらった。
エンジェリア帝国も目立った動きがないと、時々遊びに来るリヴァイさんが言っていたし、今日からしばらくクレストラ大陸の方に行く事になっている。
向こうで誰かと会う予定はないので、今日は普通の服でいいか。
動きやすそうなズボンとシャツを着たところで、部屋の扉が開いて誰かが入ってきた。
「おはようじゃん、シズト様」
「おはよう、シンシーラ」
入ってきたのは茶色の髪と同色のふさふさの耳が特徴的な狼人族のシンシーラだった。
今日は夜勤だったのか、防具を身に着けているが、動きやすさを重視しているのか必要最低限の部分しか守られていない。それって防具として機能するの? と疑問に思うような格好だ。
ラオさんたちほどではないけど、膨らみがある胸は魔物の皮で作られた胸当てで守られているが、キュッと引き締まった腹筋は丸見えだ。お腹の防御は捨てているのだろうか。
「どうしたじゃん?」
「いや、別に。夜勤お疲れ様」
「大した事じゃないじゃん。ほら、シズト様。準備が終わったらご飯を食べに行くじゃん」
「そうだね」
踵を返してパーテーションの向こう側へと消えてしまったシンシーラを慌てて追って、彼女の隣に並んで歩くと、彼女の茶色い尻尾は嬉しそうにブンブンと振られていた。……隣に来る前から振られてた気がする。
「なんかいい事あったの?」
「別にないけど、どうしたじゃん?」
「いや、尻尾がぶんぶんと振られてるから」
「……恥ずかしいじゃん。シズト様の前だとつい気が緩んじゃうじゃん」
シンシーラは俯きながら歩き、尻尾も元気なくしょんぼりと垂れ下がる。
どうやら、犬系の獣人は感情が尻尾の動きに影響してしまう事があるらしい。尻尾の動きで思いがばれてしまわないように親から教わるそうだ。大人になる頃には尻尾の動きを抑制させる術を身に着けているのが普通なんだとか。だから、無意識で感情が読み取れるほど尻尾が動いてしまうのは恥ずかしい事なんだとか。
恥ずかしそうにしているシンシーラと一緒に階段を下りて、食堂に入ると既に皆揃っていた。
朝の挨拶をすると、ばらばらに挨拶が帰ってきた。
昨日はエミリーがお世話係だったので、今日の給仕はジューンさんがしてくれている。
料理が並び終わったところで、手を合わせて食事前の挨拶を唱和した。
外から覗くドライアドたちに見守られながら、まずは新鮮な野菜サラダをもしゃもしゃと食べる。
「今日からクレストラ大陸にいくのですわ?」
「そうだね。ガレオールもエンジェリアも問題ないって事だし。今回は誰がついて来るの?」
「ランチェッタとディアーヌ、それからジューン以外のほぼ全員ですわ」
「……なるほど?」
そうなるとシンシーラも行くのかな。
チラッと壁際に控えていたシンシーラを見ると、やっぱり嬉しそうに尻尾が振られていた。僕と視線が合うと動きがさらに激しくなった。
「エミリーの代わりは、彼女の部下がする事になっているのですわ。お父様たちが来た場合はジューンが対応する予定ですわ~」
「突然来られると困りますからぁ、シズトちゃんがいない時は必ず連絡してほしいですぅ」
「ちゃんとお母様に伝えておいたのですわ!」
普段から連絡くれると嬉しいなぁ。まあ、二人の目的が最近は幼女三人組に遊びで勝つ事になりつつあるから僕がいなくても関係ないんだけど。
リヴァイさんたちが言うにはパメラには次の遊びの約束をしているらしいんだけど、如何せん忘れっぽいから……。
「パメラとシンシーラの代わりはエルフから出してもらう事になったのですわ」
「精鋭を集めておきました」
僕の近くに控えていたジュリウスがぺこりと頭を下げた。
元々、世界樹の根元周辺と町の境界付近にエルフたちを配置しているらしいけど、それに加えてエルフを追加で呼ぶらしい。
「ユグドラシルのエルフ?」
「はい、そうですが……何か問題でもありましたか?」
「いや、特にはないよ」
思想が偏ってなければいいなぁ。
ユグドラシルは上層部のせいとはいえ、一度僕と対立してるから贖罪の意識が強すぎるんだよな。
信仰心といえば聞こえはいいけど、狂信者じゃね? って思うくらいの人がいるし……。
「あと、トネリコのエルフにも来てもらって、モニカの代わりをしてもらう予定ですわ」
「あちらの方が商人や貴族とのやり取りは盛んだったようですから、適任と判断しました」
「わたくしたちの国が近いから機会は多くなるわよね」
「ランチェッタ様も何度か足を運んでおられますもんね」
今回お留守番組の一人であるランチェッタさんが何度か頷いている。
その後ろで控えていたメイド服を着たディアーヌさんも何かを思い出すかのように視線を上に向けながら呟いた。
「そういう訳で、屋敷の仕事組が抜けても問題がないように手配は済ませてあるのですわ!」
「そっか。居残り組はまたいつか機会があったら……だけど、ランチェッタさんとディアーヌさんはなかなか難しいよね」
「ガレオールの大陸間転移門の開門時期と会わせる事ができれば、日帰りも可能だとは思うのですわ」
「……そうね。また日程を決めて貰えれば調整しておくわ」
「ランチェッタ様が政務以外にやる気が出るなんて……」
「ディアーヌ、うるさい」
ランチェッタさんの後ろでディアーヌさんが泣き真似をし始めて、ランチェッタさんとディアーヌさんの口論……というかランチェッタさん弄りが始まったところで今日の予定の話はお開きとなってしまった。
僕は皆が楽しそうに喋っているのを見ながら、ドライアドたちに監視されつつせっせと食べ物を口に運ぶのだった。




