幕間の物語206.賢者たちは突き進んだ
ガレオールの首都から遠く離れた海にポツンとある島の中心に、『離れ小島のダンジョン』があった。
発見当初に行われた調査で初心者向けの低難度ダンジョンだと判断され、その立地の悪さから放置されていたダンジョンのある島だが、所有者が国から異世界転移者であるシズトへと移ってから状況が一変した。
ダンジョンの出入り口の近くに設置された転移陣を使って多くの人が行き来するようになり、ダンジョンの入り口周囲を壁で囲ってダンジョンから漏れ出る魔物の対策をするようになった。
内壁と呼ばれるようになったその壁の外側には居住するための建物が建てられ、シズトの奴隷の中で冒険者になる事を希望している者たちが住み着いている。
また、ゴブリンやスライムなど低ランクの魔物とはいえ、相当数の魔石が入手できるという事で冒険者ギルドができた。ドラゴニア南部はどこかの誰かが魔石を買い占めていたり、魔道具が普及した結果魔石の需要が増えたりした事もあり、魔石不足が深刻になりつつあったため、冒険者ギルドの上層部も期待しているのだろう。
名もなき小さな島ではあるが、多数の者たちが住み着いた事により、飲食店など各種商店の需要も出てきている。
新しい建物ができる度に新しい店がオープンし、好奇心旺盛な子たちで繁盛していた。
ただ、昼間になると一気に人が減るのは島民の殆どがダンジョン探索に行くからだろう。
忙しくない時間帯のうちに商品の補充や仕入れなどをするため、転移陣が使われていた。
商人たちに依頼されたファマリアに住んでいる奴隷たちがそれを使って行き来している中、新たに転移してきたのは勇者一行だった。
シグニール大陸に召喚された今代の勇者は三人。
一人は先頭を歩いている髪を金色に染めた少年金田陽太だ。
数々の冒険をこなしてきた彼の肉体は引き締まっているが、ゴリゴリのマッチョという訳ではなかった。
本人曰く「ゴリゴリ過ぎると女の子に引かれるから」という理由らしい。
その後ろでハンマーを背負った女性と並んで歩いているのは黒川明という少年だ。
中性的な顔立ちで華奢な体格という事もあり女性に間違われる事もしばしばあるし、一部の男性からは熱い視線を向けられる事もあるため仮面をつけた方が良いだろうか、とどうでもいい悩みを持っている。
そんな彼のさらに後ろを歩いているのは茶木姫花だ。
隣の大きな盾を持った大男の体に馴れ馴れしく触れながら楽しそうに話し続けている絶賛婚活中の女の子だ。
そんな勇者三人の護衛兼お目付け役としてつけられたドラン兵の三人を合わせたのが今の勇者御一行だった。
彼らはこの島の所有者であるシズトから離れ小島のダンジョンの調査を依頼されて毎日足繁く通っていた。
日帰りで探索をしているため、本当は午前中から活動したいのだが、ドランで生活をしている陽太とそのお目付け役であるラックの二人のせいでいつも昼頃にダンジョン攻略を始めている。
ただ、ファマリアで生活させたらそれはそれで問題を起こしそうだったため、明も姫花も諦めていた。
今は移動をしながら今日の探索の予定を確認している所だ。
「ギルドを通して静人に確認をしましたが、とりあえず何階層にどんな魔物がいて、どれだけ深いのかさえ分かればいいという事だったので、フィールド型の階層は調査よりも先に進む事を優先しましょう」
「異議なーし。吹雪かれる前にさっさと進も」
「最初っからそう言っとけっての」
ボソッと文句を言った陽太の頭を、明が持っていた木の杖で思いっきり叩いた。
サッと明が周囲を見るが、幸いな事に通りを歩いていたシズトの奴隷たちには聞こえていないようだった。
「ここやファマリアで静人に対しての不満は言わないようにって言いましたよね」
「チッ。わーってるよ」
「全然わかってなさそうだけど、あれで大丈夫なわけ? 『ちょっとずつ評判を上げて行こう作戦』の事を考えたら黙らせた方が良いんじゃない?」
「探索前に無駄に魔力を使いたくないんですが……トラブルになる前に何かしら考えた方が良いかもしれませんね」
いつまで経ってもシズトへの態度が変わらない陽太に対してどうしたものか、と明たちが考えている間に、島の中心にあるダンジョンの出入り口を囲う壁に辿り着いた。
ダンジョンの管理をしているエルフに冒険者の証であるドッグタグを見せて壁の内側に入ると、そのままどんどん進み、ダンジョンには行ってすぐにある広間に設置してある転移陣に向かう勇者一行。
顔は既に覚えられているので、転移陣の管理をしているエルフたちも止める事はなく、六十階層のボス部屋の奥にあるセーフティーエリアに転移した。
手荷物の確認をさっさと終わらせた六人は、すぐに階段を下りて下の階層へと移動する。
揃いの魔道具『適温コート』の影響で温度の変化は感じないが、洞窟の外に出ると一面の雪景色のため、温度が一気に下がっている事が容易に想像できた。
「どうやら今日も吹雪いていないようですね」
「さっさと進もうよ。陽太~、除雪と襲ってくるスノーラビットの対応よろしくー」
「テメェらもやれよ!」
「姫花は万が一怪我した時にすぐに対応できるようにしなくちゃいけないからパース」
姫花と陽太が言い合いをしている内に、明は周囲の確認をサッと済ませていた。
昨日周辺の雪をゴーレムを使って除雪したのだが、元に戻ってしまっている。
近くで一緒に周囲の確認をしていたハンマーを背負ったカレンが小さな声で呟いた。
「厄介ですね」
「ええ。正攻法で行くのであれば、まっすぐに次の階層へと除雪をしつつ魔物を駆除しながら進むんでしょうね」
「ただ、下の階層に続く階段の場所が分からない、と。……日帰りの探索を止めたら解決するのでは?」
「でしょうね。それを嫌がる者がいますし、なにより転移陣を使ってしまえば途中から再開できてしまうので今後も日帰りになるでしょうけど」
「セーフティーエリアがそんな都合よく見つかりますかね」
「相談したらエルフを派遣してくれるそうなので、拠点にできそうなところに設置する予定です」
「至れり尽くせりですね……」
「ほんとにそうですね」
明はアイテムバッグを漁って目的の物を取り出して雪の上に置いた。
両手で抱えられる程度の大きさの鉄球には蓋がついていて、その蓋を開けて魔石を入れた。
カレンはその様子を怪訝そうに見ていた。
「なんですか、それ」
「支給品の魔道具『ボールガイド』だそうです。フィールド型の階層で探索に時間がかかりそうだ、と言ったら支給されました。なんでも、下り階段に向かって転がって行ってくれるそうです」
「………ほんとに、至れり尽くせりですね」
「ええ。ただ、罠や壁、魔物も気にせずに転がっていくそうですからこれを守りながら進む事になりそうですけどね。陽太! 姫花! 除雪と案内は僕がしますから、二人は魔物の対応をお願いします!」
「えー、めんどくさーい」
「次の階層に着いたら今日の探索を終えるかもしれませんが、今日中に着かなかったら徹夜にしますよ」
「ほら、陽太! さっさと準備しなさい! 近づいてきた魔物は全部任せるわ! シルダーもしっかり姫花を守ってよね!」
さっさと帰りたい気持ちが透けて見える姫花が張り切っているが、まだ周辺の雪は除雪されておらず、ボールガイドも雪に阻まれて埋もれつつある。
明は巨大なゴーレムを生み出すと、ボールの進行方向の雪を除雪させながら進ませた。
ボールガイドのおかげで下の階層へと続く階段を数時間で見つける事ができた勇者一行は、文句を言う姫花を引き摺りながら三階層ほど探索する事に成功したのだった。




