415.事なかれ主義者の日常
魔国ドタウィッチの首都にある魔法学校の見学をして数日が過ぎた。
ノエルの願いも虚しく、魔道具を作る人数は変わっていないが、レヴィさんはいつも以上に上機嫌だ。
朝起きると自慢の金色のドリルを弾ませながらスキップで外に出て、畑の手入れをするのが彼女の日課らしい。
僕はいつもその時間よりも後に起きるので残念ながらスキップする現場を見る事は出来なかったけど、ドライアドたちがスキップをしながら移動しているのを見て発覚した。
「身近な人間の真似をするのはドライアドの習性なのでしょうか」
そんなドライアドたちを観察しながら記録を取っている少女は僕のレヴィさんの妹であるラピスさんだ。
レヴィさんとはまたタイプの違う美人さんで、レヴィさんのお母様に似ていらっしゃる。目つきが鋭い所とか、背が高くてスレンダーな所とか。髪や瞳の色は父親譲りだけど。
ラピスさんはレヴィさんと和解した翌日には世界樹ファマリーを囲う畑にやってきて、いろいろ研究している。
最初は以前ユグドラシルの根元に現れた邪神の信奉者……じゃなくて、ナレハテ? とやらの話を聞きに来ていた彼女だったが、最近はドライアドに夢中だった。このままドライアドの生態とか諸々解明してほしい。どうして人の体を木に見立ててよじ登ってくるのかとか、採れた作物をお裾分けしてくるのかとか。
「それはシズトだから、としか今のところ言えないですね。もしかしたら加護の関係もあるかもしれませんが」
「……ラピスさんも心読めるんすか?」
「普通に声に出ていましたよ」
「そっすか……」
つい思っていることが口から出ていたようだ。顔にも出やすいって言われてるし、気をつけないと。
朝食の時間だからとラピスさんに別れを告げ、レヴィさんと彼女の専属侍女であるセシリアさんを連れて屋敷に戻ると、モニカが待っていた。
元没落貴族のご令嬢だったモニカは黒い髪に黒い瞳と、日本人の血が色濃く身体的特徴として出ていた。
ただ、その見た目に反して神々からは加護を貰う事もなかったので苦労したそうだ。
ドラゴニアに限った話じゃないけど、加護を授かっているかが重要視される貴族社会で、彼女の見た目に反して加護を授かっていないのは「むしろ神々から忌み嫌われているのでは?」なんて言われる事もあったらしい。
夫婦の営みが終わった後のちょっとした時間にぽつぽつと過去の話をしてくれるようになったけど、話される事がヘビーでどう反応したらいいのか最近困ってる。
「ランチェッタ様は既にご到着されています。ノエルもしばらくすれば引き摺……連れて来られる事でしょう。ラピス様の姿が見受けられませんが……?」
「今日もご飯はやめとくって」
「そうですか。では、後程お弁当をお渡ししておきましょう」
「そうしてあげて。畑でドライアドの観察をしているだろうから」
ラピスさんの生活は研究と風紀委員の仕事に重点が置かれているせいで、食事を簡易的な物で済ませがちらしい。
ランチェッタさんの様に、食事に同席してくれれば話は早いんだけど、やっぱり僕のお嫁さんばかりの所に入るのは難しいだろう。ランチェッタさんは同じお嫁さんだからという理由で一緒に食べる事をお願いもできたけど、ラピスさんは義妹だからな……。
と、いう事でせめてお弁当を持たせようという事でラピスさんが来た日はお弁当を持たせる事になっていた。
まあ、見た目で分かるほど栄養が足りてないってわけじゃないから余計なお世話かもしれないけど。
ラピスさんのお昼ご飯の手配はモニカに任せ、食堂へと向かうとモニカの言う通りほとんど揃っていた。ホムラがいないのはノエルを呼びに行っているからだろう。
みんなに「おはよう」と挨拶をしながら部屋に入ると、話の途中だったみたいだけどそれぞれ挨拶を返してくれた。
定位置に座って、狐人族のエミリーが淹れてくれた紅茶を飲みながらのんびり待っていると、ホムラと彼女に引き摺られてノエルがやってきた。
ノエルは悪い意味で慣れてしまっているようだ。引き摺られながら魔道具を観察していて、自分の席が近くなったら起き上がって椅子に座った。
ホムラも僕の近くの空いていた席に座ったところで食膳の挨拶を済ませて食事を始める。
食事をしているといつものごとくドライアドたちに観察されていたんだけど、そのドライアドたちを観察しているラピスさんが窓越しに見えた。
真剣な表情でスケッチをしているようだから、あんまりじろじろ見て邪魔しないようにしよう。
そんな事を思いつつ、今日の予定を確認していく。
「ガレオールに設置した転移門を活用して、各国の代表との会談はほとんど終わったのですわ。だから今日は本腰を入れて土いじりをするのですわ!」
鼻息荒く言うレヴィさんはドレスに着替えるつもりはないようだ。
ここ一週間、朝の日課を終えたらドレスを着て出掛けていたけど、随分とストレスがたまっていたのかもしれない。
後ろに控えているセシリアさんも特に何も言わないので問題ないんだろう。
「わたくしはいつも通り政務に励む事になるでしょうね。魚人の国からの使者が来るそうだから気を引き締めていくわ」
「無理しないように見張っておきます」
「余計なお世話よ!」
後ろに控えていた褐色肌の侍女ディアーヌさんを睨んでいるのはガレオールの女王陛下であるランチェッタ様だ。
こんがりと日焼けしたような肌と、小柄な体格なのにレヴィさんに負けないくらいの大きな胸が特徴的な女性だ。
暑がりの彼女だけど、『適温コート』に付与した魔法と同じものを彼女のドレスに付与しているので、今日も露出が少ない服を着ていた。どうやら肌を出す事があまり好きではないらしい。
魚人の国からの使者が何を言ってくるのかちょっと気になるけど、僕が口出しする事ではないからランチェッタさんに任せよう。
「転移門を活用して、各国の店の様子の確認をしてまいります、マスター」
「私はドタウィッチの様子の確認をしつつ店番をするつもりよ、ご主人様」
「よろしくね」
真っ黒な髪が床まで伸びた紫色の瞳の少女はホムラ。僕が作った最初のホムンクルスだ。
無表情で淡々とする事を報告してきたけど、お店を任されている時はしっかりと営業スマイルをしている……らしい。僕がお店にお邪魔する時は大体無表情だからなぁ。この違いは何なのか。
ホムラの正面に座ってニコニコしながらドタウィッチの店番をするつもりだと教えてくれたのはユキだ。ランチェッタ様と同じような褐色の肌に、真っ白な髪の毛が特徴的な女の子で、彼女もホムンクルスだ。
二人に任せておけばお店は大丈夫だろう。
「アタシらは離れ小島のダンジョンに行くつもりだ」
「腕が鈍っちゃうものね」
既に食事を終えたラオさんとルウさんは、今日は魔力マシマシ飴を舐めていない。身体強化という魔法や、加護を使って戦うため、冒険をする日は魔力を無駄遣いできない、という事らしい。
「私はぁ、トネリコの様子を見に行く事になってますぅ」
世界樹の使徒の代理人として働いてくれているジューンさんは、エルフらしからぬ体型の女性だ。
エルフの正装は露出が少ないんだけど、体のラインははっきりと分かってしまう者だったので、胸の膨らみは隠しきれていなかった。
以前まではそんな体型を少しでも隠そうと背中を丸めている事が多かったけど、今は姿勢よく座って食事をしている。
その正面で黙々と食事をしている小柄な少女に目を向けると、食事の手を止めて僕の方を見てきた。
最近はレヴィさんの専属護衛みたいになりつつあるドーラさんだ。
青い目はいつも眠たそうな印象を見る者に与えるけど、ちゃんと起きている。
会話に入って来ないのはただあまりしゃべらないだけだ。
「ドーラさんはレヴィさんと一緒に畑仕事?」
「ん」
こくりと頷いた彼女は、再び食事を再開した。
ラオさんとルウさんは体が大きいから分かるけど、ドーラさんも結構な量を食べる。
あの小さな体のどこにあれだけの量の食事が入るのか謎だ。
「シズトは何するのですわ?」
「まあ、いつも通りかなぁ」
最近は世界樹のお世話が終わったらひたすら魔道具作りだ。
僕がクレストラ大陸に行っている間に転移門を所望する国が出てもいいように、転移門のストックを作っておきたいし、なによりいろんな国と接点ができてしまったので依頼がたくさん入ってしまっている。
魔力が増えているとはいえ、一日に作る事ができる量には限りがあるので、コツコツと作っていくしかない。
魔力がなくなったらのんびりできるし、出来る範囲で頑張ろう。




