幕間の物語204.第二王女はフィールドワークをする
シグニール大陸の中央にある魔国ドタウィッチの首都には魔法学校がある。
その学校の生徒はその実力によってクラスが分けられているのだが、ドラゴニア王国の第二王女であるラピス・フォン・ドラゴニアは最上級クラスに所属していた。
最上級クラスのメリットは多々あるが、ラピスが一番恩恵を得ているのは王立図書館の禁書庫の立ち入り許可だった。
暇な時間があれば王立図書館に通っている彼女だったが、今日もまた朝早くから図書館にいた。
彼女はお目当ての本を既に見つけているようだ。
細く長い手でしっかりと何冊もの本を両手で抱えている。
起伏に乏しい胸は、そんな彼女の行動を邪魔する事はない。
顔よりも高く積みあがった本を持って彼女は館内を歩き続け、貸出用のカウンターまで行くと、そこで居眠りしていた司書の前にドスンと音を立てて本を置いた。
「貸し出しをお願いするわ」
「かしこまりましたぁ。風紀委員長様は今日も早いですね。これからお仕事ですか?」
「今日は休みよ」
「……今日は雨でも降るんですかねぇ」
「馬鹿な事を言ってないでさっさと手続きを進めてくれるかしら? 急いでいるのよ」
「わかりましたぁ」
ふわぁ、と大きな欠伸をした司書は眠たそうな目でせっせと貸し出しカードに押印と記名をしていく。
手続きが終わった本から順に、背中に背負っていた鞄の中に入れていく。
その乱暴な入れ方に眉を顰めた司書だったが、十数冊の本の手続きをする内におやっ? と怪訝な表情をした。
「アイテムバッグですか。随分と真新しいものですね。どうしたんですか?」
「お近づきのしるしにって渡されたのよ」
「へー……そういうの、受け取らない人だと思ってました」
「相手が身内だったら受け取るしかないでしょ。ほら、それが最後なんだから早くしてよ」
「はいはぁい。ではどうぞ……って、すぐに転移する事ないじゃないですかぁ」
受け取る物を受け取ると、何もない所から杖を出したラピスはその次の瞬間には転移していた。
残された司書はしばらく文句をブツブツと言っていたが、ふと思い出したかのように呟く。
「なんか雰囲気変わってたなぁ。いい事でもあったんかな」
ラピスは、魔国ドタウィッチの首都であるソーサリーに新しくできた魔道具店の前に転移していた。
内壁の外と中を繋げる門のすぐ近くという事もあり、人通りが多い。
今度から転移する際は屋根の上にでもしよう、とラピスは思いながら店の扉のすぐ近くについている呼び鈴を鳴らした。
少しして現われたのは、エルフにしては小柄な少年だった。
「どうぞ、お入りください」
「ありがとうございます」
少年に招き入れられたラピスは、店の奥へと通じている廊下を通って階段を上がり、三階に設置してある転移陣へと迷わずに向かった。
転移陣のある部屋の扉を開くと、中には数人のエルフが待機していたが、ラピスの顔を確認すると何事もなかったかのように椅子に座って話を再開していた。
ラピスが淡く輝いている転移陣の上に乗ると、輝きが強くなり、一際強く光ったかと思った瞬間にはラピスは世界樹の根元へと転移していた。
「おはよーなのですわ!」
彼女を出迎えたのは、彼女の姉でありドラゴニア王国の第一王女であるレヴィア・フォン・ドラゴニアである。
ラピスよりも小柄だが、胸は規格外に大きい。つい自分の胸を触ってしまうラピスだったが、胸にコンプレックスはなかった。
「おはようございます、お姉様」
ここ数日の関わりで少しずつぎこちなさが抜けてきたラピスとは異なり、レヴィアは和解した翌日からとてもフレンドリーだった。
内向的だった姉のイメージが崩れ去り、今では立派な農家だった。
作業しやすいように長袖に長ズボンを履いたレヴィアは、片手にじょうろを持ち、もう片方の手にドライアドを抱えていた。
「農作業ですか? 今日も精が出ますね」
「農作業と呼べるほどの事はしてないのですわ。ちょっと草むしりと水やりをしていただけですわ。ラピスは今日も観察なのですわ?」
「ええ。参考文献も借りてきましたが、やはりドライアドについての記述は少なすぎて参考になりませんから」
「以前までエルフの上層部が秘匿してきたからだと思うのですわ。基本的に世界樹の根元を生活拠点にしているようですし」
「そのようですね。世界樹から漏れ出る魔力が関係しているのではないか、と思うのですが如何せん彼女たちから聞き取ってもはっきりとした回答が帰ってくるわけじゃないんですよね。他の場所でも活動できるみたいですし」
「青バラちゃんには話を聞いたのですわ?」
「一度だけお話をさせていただきましたが、彼女も『居心地がいいから』としか答えが返ってこなかったです。ただ、興味深い話もいくつか聞けました。貨物に紛れて移動して活動範囲を広げる事や『精霊の道』という空間魔法に近いものがある事、それから植物が育てない場所では弱ってしまう事など知られていない事がたくさんありました。極稀にあった目撃情報は貨物に紛れて移動する時に見つかったんでしょうね」
「見つかったら大騒ぎされるから隠れて移動していたんだと思うのですわ。ただ、ファマリアではその存在が当たり前になって騒がれなくなってきたからか、堂々と荷物と一緒に街中を移動している子もいるようですわ」
「悪意ある人間に攫われないといいですね」
二人が話し込んでいると、レヴィアに抱きかかえられて大人しくしていたドライアドがハッと何かに気付いて身じろぎをして、レヴィアから解放されるとトテテテッと転移陣に近づいて行く。
その転移陣は一部分が欠けていて、近くにバラバラにされたパーツが転がっていた。
それを髪の毛を器用に操ってひょいっと持ち上げると、転移陣に嵌め込む。
他にも集まってきていたドライアドがいたが彼女たちはそれぞれ窪みに魔石を置いていた。
魔石が嵌めこまれた転移陣は淡く光り輝き始め、どんどんと光が強くなっていく。
ドライアドたちが「おお~~~」といいながらその様子を眺めていると、一際光が強くなったかと思うと、その場に中年の男性二人が転移してきた。
二人とも金色の髪だったが、一人は短く刈り上げていて、もう一人は肩まで伸ばされた髪が肩に触れないように外側に巻かれている。
ドライアドたちに囲まれているというのに気にした様子もなく何か話をしながら転移してきた二人だったが、ラピスに気が付いた。
「……どうしてお父様とラグナ様がここにいらっしゃるのですか」
「時々遊びに来るのですわ」
「久しいな、ラピスよ。息災だったか?」
何とも言えない表情で「遊びにって……」と呟いたラピスを気にした様子もなく話しかけたのは髪が長い方の男だった。
彼の名はリヴァイ・フォン・ドラゴニア。この国の王であり、彼女たちの父親だった。
久しぶりに会った二人目の娘を無遠慮にじろじろと上から下まで見ている。
「……ええ。お父様もお元気そうで何よりです。……お姉様から聞いたのですが、お二人はお仕事で来られたわけじゃないんですか?」
「仕事と言えば仕事……か?」
「そうだな。義弟となったシズト殿と仲を深める事は我が領地の繁栄にも重要な事だろう」
問いかけられたリヴァイが首を傾げて考えた後、後ろでやり取りを見守ってきた中年の男性に話しかけると、彼はこくりと頷いた。
彼の名前はラグナ・フォン・ドラン。ファマリアから北に行ったところのドラン公爵領を治めている貴族であり、シズトの配偶者の一人であるドーラの腹違いの兄でもあった。
二人はちょくちょくやってきては外で遊んでいた。
そのため、ドライアドたちも少しだけ観察した後、いつもの二人だと分かったのか散り散りに分かれて行った。
「ちなみに、シズトは今日出かけているのですわ」
「約束もせずに来たんですか……」
呆れるラピスを気にした様子もなく、ラグナとリヴァイは話をしながら離れて行った。
父親のダメな部分を垣間見たラピスだったが、構っている暇はないと気持ちを切り替えてレヴィアの近くに戻ってきたドライアドに話を聞くため、筆記用具を取り出すのだった。




