幕間の物語202.賢者たちは安全第一
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シグニール大陸の勇者一行は、ドライアドたちに見送られながら転移し、シグニール大陸の西の海に浮か小さな島に転移していた。
その島の中心部にはダンジョンに通じる出入口があり、その周囲を囲うように防壁が築かれ、その外側に小さな集落のようなものができつつあった。
ダンジョンへ向かう人々や帰ってきた者たちが疲れを癒す事ができるように集合住宅のようなものがいくつか築かれ、最近ではそこで生活をする者も出てきている。
それらの建物よりも大きくて目立っているのは冒険者ギルドだ。
ダンジョンから出てきた者たちはまずそこへ向かっている。そのほとんどの者が、首に奴隷の証である首輪を着けていた。
「陽太も持ち物の確認を済ませておいてください。ラックさんは……いつも通り既に終わってますか?」
「当然。備えあれば憂いなしだからな」
「起きそうなトラブルも備えるだけで未然に防げたらいいんですけどね」
「なんか言ったか、カレン」
「いえ、何も」
ダンジョンへの出入り口へと向かいながら歩く六人は、周囲の奴隷たちの視線を集めていた。
勇者たちに向けられる視線はどこか厳しいものだったが、当初と比べるとだいぶマシになったな、と明は独り言ちる。
時間帯はお昼少し前だった事もあり、ダンジョンへと入る物は明たちだけだったため、待ち時間もなく、ダンジョンに入る事ができた。
「やっぱり昼からにしてさー、数階層攻略して夕方になったら帰るとかにしたらいいんじゃない?」
「セーフティーゾーンが見つからない限り、転移陣を見張るために誰かが残らないといけなくなるから却下です。姫花がその大役を担ってくれるんだったら話は別ですけど?」
「そんな事できる訳ないでしょ! 陽太にやらせなさいよ。無駄に元気が有り余ってるんだから」
「はぁ? なんで俺がそんな事しなくちゃいけないんだよ」
「そもそも昼からにしようって提案しているのは陽太たちのためでもあるんだからね! いつも遅れてやってきてるからわざわざそうしてあげるんだからそのくらいしなさいよ」
「誰も頼んでねーよ」
「お昼集合にしたらそれはそれで何かに巻き込まれて遅れるでしょうから無意味だと思います」
「カレンさんカレンさん、なんか最近俺へのあたり強くない?」
「気のせいです」
ダンジョンの出入り口から入ってすぐにある階段を下って行くと、第一階層の洞窟エリアだ。
念のため警戒しながら下りるようにと言われた陽太が周囲を確認したが、モンスターの影はなかった。
その代わり、仮面をつけていないエルフが数人いる。彼らの近くにはいくつか転移陣が置かれていた。
「転移陣は無事そうですね」
「このエルフたちに向こう側も守らせればいいんじゃない?」
「彼らが僕たちのいう事を聞くとでも思ってるんですか?」
警備をしているのはユグドラシルから選抜されたエルフたちだ。
彼らが命令を聞くのは世界樹の使徒であるシズトと、その代理人であるジューン、それから世界樹の番人くらいだ。
命令系統の頂点にいるシズトにお願いしても、おそらくいい返事は帰って来ないだろう。
ダンジョンでは何が起こるか分からない。
セーフティーゾーン以外に転移陣を設置した際にモンスターがどんな反応をするのか予測ができず、そんな危険な所にシズトがエルフたちを向かわせるなんて、明には想像できなかった。
明はエルフたちにジッと見られている中、アイテムバッグから取り出した転移陣の欠片を、設置されていた転移陣に嵌め込んだ。
それから、転移陣の窪んでいる所に魔石を嵌め込むと、転移陣が淡く光り輝く。
「それじゃあ、行きますよ。各自、臨戦態勢で」
転移陣の上で明と姫花を中心に円陣を組むと、光が徐々に強まっていく。
そうして、一際輝きを放ったかと思うと、彼らは別の場所へと転移していた。
「周囲に敵影は?」
「なしだな」
「セーフティーだから当然でしょ」
「今まで例がないですけど、ここにモンスターが溢れかえっていたら大変な事になるじゃないですか」
「ラックもいますから、いつか起こりそうで嫌ですね」
「そもそも転移陣を自前で用意してダンジョンに設置してる時点で何が起きてもおかしくねぇんだけどな」
ラックは抜いていた片手剣を鞘に納めると、下へと続く階段に視線を向けた。
「ここから先は情報がないんだっけ?」
「そうですね。ここまで洞窟が続いていましたけど、三十階層まではゴブリン系ばかり。そこから六十階層まではスライム系ばかりなので、おそらく洞窟タイプで魔物が違う、というパターンじゃないかとギルドは予想してました。僕もそうじゃないかと思ってます」
「私たちは静人からお金をもらってるからいいけど、旨味がないよねー。どうせまた魔物のランクも最底辺になっちゃうんでしょ?」
「推測ではそうですけど、油断は禁物ですからね」
明は全員の準備が終わっている事を確認してから歩き始めた。
先頭を行くのは前衛職の陽太だ。その隣にはハンマーを担いだカレンもいる。
その後ろをついて歩くのは明とラックだ。
ラックは周囲の警戒をしつつ全体の指示を出し、明は魔法で周囲を探知しながらマッピング等をする事が多かった。
最後尾は姫花とシルダーだ。
今の所、姫花の出番はないため、魔石の回収などを行う事が多い。
シルダーは姫花や明の盾となるため、彼の大きな体をすっぽりと隠す事ができる大盾を構えていた。
長い階段を下り切ると、見慣れた光景が眼前に広がる。
「やっぱり洞窟タイプじゃん」
「特に変化はありませんね」
「いや、めちゃくちゃ寒いよ? っていうか、階段消えてね!?」
「降りたら消えた」
「そういう事はすぐに報告しろよなぁ!」
「伝えようとしたら隊……ラックが騒いでた」
「それはすんませんね!」
「それにしても寒いですね……」
「そうですか? ……ああ、適温コートのおかげで僕たちは感じないのか」
薄暗いため分かりにくいが、ラックたちの吐く息が白い事に気付いた明は一度コートを脱いだ。
すると一気に体感温度が下がり、真冬の寒さを感じた。
その寒さは、洞窟の奥の方から吹いてくる風によって流れてくるようだった。
明は適温コートを羽織り直すと、奥に進む事にした。
寒いと言ってもまだ活動できるくらいの寒さだったからだ。
ただ、その寒さも奥へと進めば進むほど厳しくなってくるようだ。
「登山用の防具にするべきだったな」
そうラックがぼやいた頃、洞窟の先の方が明るくなっている事に全員が気づいた。
どうやら今回は洞窟タイプのダンジョンではないらしい、と気づいた所で手遅れだった。
洞窟を抜けた先には、一面の銀世界が広がっていた。
その光景をぽかんと口を開けて見ていた一行だったが、最初に我に返ったラックが呟く。
「初見殺しすぎね?」
勇者三人組には適温コートがあったが、ラックたちは耐寒仕様の兵装じゃなかった事や、次のボス部屋に設置する予定の転移陣があったから退却する事が容易だった事もあり、撤退する事になるのだった。
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