409.事なかれ主義者は話せるか不安
レヴィさんの妹さんの事は以前から気になっていた。
お義兄さんのガントさんは「もう一人妹がいる」的な事を言っていたし、レヴィさんもたまにそういう話をしていたから。
ただ、会った事がなかったのは、彼女がドタウィッチ王国にある魔法学校に留学中で、魔法の研究などで忙しいから……というのが表向きの理由だ。
実際に忙しく研究をしているんだけど、学校がお休みで里帰りを推奨されている日でも帰って来なかったのは「たぶん私がいるからですわ」とレヴィさんが言っていた。
姉妹の仲が特別悪い訳ではなかったけど、加護の事もあり「両親がお姉ちゃんばかりを気にかけている」とラピスさんが思っている事を知ったレヴィさんは、引け目を感じるようになってしまったんだとか。
そんな妹さんが今、目の前にいて、僕を真っすぐに見てくる。
「オトナシ・シズト様、であってますか?」
「あ、はい」
「結婚式に参列できず申し訳ございませんでした。研究で忙しかったので……と、姉がいる前で取り繕っても仕方ありませんね」
チラッと僕の隣に立って静かにしていたレヴィさんに視線を向けたラピスさんは小さくため息を吐いた。
僕よりも三歳ほど年下だと聞いているんだけど、大人びているように見える顔からは、何も感情を読み取れない。
「それにしても驚きました。姉がここまで劇的に変わっているとは」
「魔道具のおかげですわ」
「なるほど。便利な魔法もあるんですね」
久しぶりの姉妹の会話だけど、楽しそうな雰囲気ではない。
レヴィさんは相手の様子を窺っているみたいだし、ラピスさんは……よく分からない。
切れ長の青い目で睨む事もなく、ただただレヴィさんを見ていた。
これは嫌っているというより無関心がしっくりくるかもしれない。
「こんな所で立ち話も何ですし、移動しましょうか」
身の丈ほどある木の杖を持ち上げた彼女は口を小さく動かして何事か呟いて、杖を一振りした。
ただ、何も起きなかった。それまで何も感情が窺えなかったラピスさんの肩眉がピクッと動いた。
「この国の人間って、誰でも彼でもすぐに飛ばそーとするのなんなの?」
「……クーだって何も聞かずに飛ばしちゃう事あったでしょ? むしろ、この国の人の方が話の流れである程度察する事ができるから、まだいい方なんじゃないかな」
「折角守ってあげたのに! お兄ちゃんはどっちの味方なの!」
「どっちの敵にもなりたくないなあ」
また拗ねてしまったクーを宥めながら、ラピスさんにもう一度転移魔法を使うようにお願いしようと顔を向けた時には既に彼女の顔から表情が抜け落ちて、僕とクーをぼんやりと見ていた。
「……風紀委員室にご案内します」
ラピスさんはそう宣言した後に、先程と同じように口を小さく動かして何事か呟くと杖を振った。
すると、いきなり景色が変わった。どうやら広い部屋の一室に転移させられたようだ。
様々な調度品が並べられているけど、目を引くのは窓の外の景色だ。
眼下には街が広がっていた。恐らく先程までいた街だろう。お城の上の方に転移させられたのだろうか。
「これだけの人数を瞬時に転移させる事ができるなんて、流石ですね」
「そうですわね」
「あーしだったら無詠唱でできるし」
「そうだね」
セシリアさんとレヴィさんの会話が聞こえてきて、クーがさらに不機嫌になってしまった。
ただ、クーがポンポン使うから忘れがちだけど、転移魔法は魔法の中でも珍しく、難しい部類に入るらしい。
火、風、水、土の四大元素魔法は多くの人が努力をすれば習得できるけど、空間魔法系は努力でどうこうできるレベルではないんだとか。
だから使えるだけでもすごい、という事らしい。
ラピスさんに視線を向けると、彼女とバチッと目が合った。
「この部屋であれば、部外者は基本的に入って来ないです。それに、今の時間はほとんどの生徒が授業中ですから、他の風紀委員もやって来ないでしょう。座ってゆっくり話でもしましょう」
座ると言っても、部屋には事務机っぽい所しかない。
流石にそこに座るわけには行かないよな、と思っていたらラピスさんが杖を振ると、彼女の近くにローテーブルと一人掛けの椅子がいくつか並んだ。
どうやらそこに座ればいいらしい。
すごいなぁ、って思っていたら「あーしだってできるもん」と聞こえてきたので、宥めておく。
おんぶしたままだと座れないので紐をほどいて席に座ると、当然のようにクーが僕の膝の上に乗ってきて、体重を僕に預けてきた。
僕の隣の椅子にはレヴィさんが腰かけた。他にも席がいくつか空いていたけど、だれも座ろうとしなかった。
「必要なさそうですね」
「お気遣いいただきありがとうございます」
使われていない椅子はすぐにしまうのかと思ったけど、そのままにするようだ。
他の皆は護衛としてついて来ているからというのもあるけど、身分的に座りにくかったのかもしれない。
この中だとセシリアさんが貴族の出だけど、彼女は給仕に専念するようだ。
ジュリウスが持っていたアイテムバッグの中から三人分のティーセットを用意すると机の上に並べた。
それから、紅茶が簡単に淹れられる魔道具に魔力を流すと、カップに注いでいく。
「珍しい魔道具ですね。シズト様が作られたのですか?」
「はい。なかなか重宝しているんですよ。……あ、ラピス様もご所望であれば作りますけど?」
「結構です。準備も終わったようですし、早速本題に移りましょう」
「あ、はい」
いつもであればレヴィさんが話を繋いでくれるんだけど、彼女は隣でじっとしていた。首から下げた魔道具『加護無しの指輪』をしきりに触っていて、落ち着きがないようだ。
あんまり姉妹仲が良くないって言ってたし、ラピスさんも意図的に僕ばかり見て話しかけてくるし……僕が頑張るしかないようだ。
…………ちゃんとできるかなぁ。




