幕間の物語196.元代理人候補はやりすぎ
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東西に長く伸びるニホン連合の中でも中央にある内陸国キョートを出発した真っ白な馬車は、北上を続けて魔国ドタウィッチの領土を進んでいた。
御者をしているのも、周囲を警戒しながら並走しているのも、全て仮面をつけた一団だった。
風に靡く金色の髪と、長く尖っている耳からエルフであると分かる。
長い間、馬車と並走し続ける事ができるのは、魔力量の多い成人したエルフであればこそだったが、馬車を曳いているのが魔物の血を引いている馬だとすると、それが可能な者は限られてくる。
出てくる魔物を切り伏せながら、普通の馬と比べて倍以上の能力のある馬たちと同等のスピードで進み続けるのは、エルフの中でも身体強化に慣れた一握りの戦闘部隊だけだった。
エルフの一団の中で新参者であるエルフの女性ジュリエッタは、ついて行くのがやっとだった。
人間にとっては長い期間旅を続けていた彼らだったが、エルフの感覚で言うと短い期間だ。並走しながら魔物を殲滅するために精霊魔法を使えるほど、力をつける事ができていなかった。
そのため彼女は、集団の真ん中を走る馬車のすぐ近くを他のエルフたちに守られるように並走していた。
「……そろそろ休憩するよー」
御者をしていた小柄なエルフがそういうと、並走していた一部のエルフが休憩場所を探すために前に出た。
ジュリエッタは馬車の近くで並走するだけで精いっぱいだったが、彼女の先輩たちはまだまだ余力が残っている様だった。
倍以上生きているエルフと比べる事ではないのだが、それでも彼女は思ってしまう。
世界樹の使徒の代理人を『未熟だから』と断ったのだから、誰よりも精進して早く力をつけなければ、と。
「ねぇ、ジュリエッタ。休憩なんだから休憩したら?」
「未熟者の私には休憩をする時間も惜しい」
「根を詰めすぎても上手くいかないと思うけどなぁ」
休憩中も身体強化を使い、鍛錬を続けていたジュリエッタに話しかけたのは、御者をしていたジュリーニというエルフの少年だった。
ジュリエッタと同じくらいしか生きていない彼は、探索や諜報活動の才能があった。
馬車を護衛している者たちの中でも気配探知などの能力は抜きんでているため、世界樹の番人のリーダーであるジュリウスにも一目置かれていて、索敵に集中するために御者を任されていた。
「私にはお前ほど突出した才能がない。同年代の者と比べれば戦闘能力はあると見込まれたが、先輩方には及ばん。だが、凡人だと嘆いている暇は私にはない。凡人は凡人なりに、ただひたすら鍛錬を積み重ねていくしかない」
「凡人って言うけど、番人に選ばれている時点で才能を見込まれてると思うんだけどなぁ」
これ以上説得しようとしても意固地になるだけだろうか、とジュリーニは首を傾げていると馬車の扉が開いて、小柄な女の子が出てきた。
雲一つない空のような青い髪に、夕日のような橙色の瞳が特徴的な女の子の名前はクー。現世界樹の使徒であるシズトが作り出したホムンクルスの一人だった。
普段は馬車の中で眠っている事が多い彼女だったが、時折馬車から出てくる事がある。
そういう時は決まってどこかに転移してしまうのだが、今回もそうだった。
「めんどくさいけどいってくるー」
「クー様、どちらに向かわれるのですか?」
「エタエタにはかんけーないよ。休憩でもしてたらいいんじゃない?」
「そうはいきません。今回こそは一緒について行きます」
クーが出てきた瞬間鍛錬を止めたジュリエッタがクーに近寄ったが、間に合わなかった。
一瞬でその場から消え去ったクーを止める事ができず、いつものごとくため息を吐くジュリエッタ。
そんなジュリエッタの肩を叩いたのはジュリーニだった。
「クー様の事だしいつも通り戻ってくるからほっときなよ。それよりもほら、クー様に休憩をしておけって言われたんだから、休憩するよ」
「そう……か? クー様は休憩をしたらどうかと提案しただけだった気がするが……?」
「めんどくさがりのクー様がわざわざ言ったって事は何か意図があってそう言ったって事じゃない? ほら、休憩しよーよ」
「………いや、適当にあしらうために言っただけだろう。万が一に備えて魔力、体力共に温存しているから大丈夫だ」
ジュリエッタはジュリーニの制止を聞かずに再び鍛錬を始めた。
そんなジュリエッタを呆れた様子で見たジュリーニは「クー様でもダメならもうシズト様にお願いするしかないかなぁ……」と呟いたが、ジュリエッタは一瞬止まっただけで、鍛錬をやめなかった。
結局、ジュリエッタは魔国ドタウィッチ王国の首都に到着するまで、休憩時間や寝食を削ってまで鍛錬を続けるのだった。
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