幕間の物語192.第二王女は留学中
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シグニール大陸の中央にある内陸国の一つ魔国ドタウィッチ王国は、魔法の研究が盛んな国だ。
遥か昔、【全魔法】の加護を授けられた勇者が建国したドタウィッチ王国は、北にはエンジェリア帝国、南にはニホン連合の国々に挟まれていた。
西には『魔の森』と呼ばれる魔物の領域があり、東には小さな国々が今日も覇権を争って戦争を繰り返している。
建国当初から中立国であるというスタンスを崩さず、魔法の研究に邁進しているドタウィッチ王国の首都には、魔法学校があった。
勇者がノリで作ったその学校には年齢制限は設けられておらず、学ぶ意思と、それに見合った実力さえあれば入学する事ができる場所だった。
他国からの留学生も多数在籍していて、揉め事が起こりがちだが、ドタウィッチ王国が中立国であるため、私闘は禁じられていた。
それでも血の気の多い者や、国の関係性で揉め事は後を絶たず、私闘にまで発展する事もあった。
その生徒を止めるために組織されているのが風紀委員だった。
風紀委員の殆どがドタウィッチ王国出身で固められているが、彼らを取りまとめる委員長は数年前からドラゴニア王国から留学してきた者が勤めていた。
その者の名はラピス・フォン・ドラゴニア。ドラゴニア王国の第二王女である。
短く切り揃えた金色の髪に、長い睫で縁取られた切れ長な青い目。長身ですらりと伸びた手足は細く、肌は日に焼けた事がないかのような白さできめ細かく透き通っている。
王族特有の莫大な魔力と強力な加護を用いて実力で風紀委員の座に収まった彼女は、風紀委員の仕事をこなしつつ、魔法の研究もしていた。
シグニール大陸でも有数の蔵書数を誇る魔法図書館に足繁く通い、過去の文献を読み込み、新たな魔法の可能性を探る彼女の部屋はいつも本で溢れている。
本を劣化させないために掛けられた魔法があるが、念のためにカーテンは常に閉ざされ、室内は薄暗い。
時折聞こえてくる時間を報せる鐘の音をもとに行動している彼女は、今日もまた本に囲まれつつ朝を迎えた。
寝間着を脱ぐと白いブラウスを着て、黒色のスラックスを履き、魔物の皮が素材のベルトをしっかりと締めた。在籍年数別に色が指定されているマントを羽織った彼女は、身の丈ほどある木の杖を手に取ると、口をあまり動かさずに短く詠唱をするとその場から消えた。
王立魔法学校は一つの都市そのものだった。
高い城壁にぐるりと囲まれた中に家が建ち並び、中央には大きな城がある。
城に近い家ほど大きく、豪華になっていて、魔法学校の生徒はその成績によって住める区画が決められていた。
日々の生活を支える下民と呼ばれる魔法が使えない者たちは高い城壁の外に住んでいて、彼らを守るためにもう一つ低めの城壁がある。
ラピスが転移したのは、それらをすべて一望できる城の上の方の部屋だった。
彼女が転移した部屋のさらに上には生徒会室や職員室、それから学校長であり魔国ドタウィッチ王国の王の私的な部屋もある。
「おはようございます、ラピス様!」
「「「おはようございます!」」」
室内に残っていた風紀委員の者たちが挨拶をするが、彼女は気にせずに自分の椅子に腰かけた。
そして、ツリ目がちな瞳を細めてじろりと直立不動の者たちに視線を向ける。
「変わった事は?」
「下民区は特に問題はありませんでした」
一人の男子生徒の報告に眉間に皺を寄せたが、ラピスは特に何も言わなかった。
それから男子生徒の隣に立っていた女子生徒に視線を向ける。
ラピスと同性の彼女は、ラピスとは異なり短めのプリーツスカートを履いていた。
「学生区で酒に酔った者たちが暴れていましたが、副委員長が一人で解決していました」
「流石ね。暴れた者たちは?」
「研究に行き詰った者たちでした。それぞれの研究について論じている間にヒートアップしてしまい、実際に魔法を使って証明しようとしたようです」
「馬鹿ね」
「全くです。牢に入れられても騒いでいましたが、酔いがさめたのか今は静かになっています」
「被害状況に応じていつも通り対応しなさい」
「かしこまりました」
一礼して部屋から去っていく女子生徒から視線を逸らして、ラピスが最後の一人に視線を向けると、ほんわかとして暖かい雰囲気のある女子生徒に視線を向けた。
「学校内は特に問題ありませんでした~」
「そう。分かったわ。引き続き学校内で揉め事が起きていないか注視しなさい」
「分かりました~」
ほんわかとした女子生徒は、残っていた男子生徒と一緒に部屋から出て行った。
ラピスはしばらく自分の机で報告書などを読み込んでいたが、実技試験がある日だった事を思い出すと席を立った。だが、窓の外から近づいてくる気配を感じてそちらに視線を向けた。
開け放たれた窓から入ってきたのは白い梟だった。
梟は足で掴んでいた筒を放すと、室内を旋回して窓から出て行ってしまった。
「……珍しいわね」
筒に刻まれた紋章を見て眉を顰めたラピスは小さな声で呟くと、筒を開けて中に入っている者を取り出した。
複数枚の便箋が入っていたのだが、それらをサッと目を通すと「そう……とうとう来るのね」とだけ漏らす。
感情の窺えない顔でテキパキと便箋を畳んで腰につけていたポーチの中に入れると、彼女もまた授業を受けるため教室へと転移するのだった。
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