387.事なかれ主義者は落ち着けない
世界樹ファマリーのお世話をしたり、ニホン連合のキョートの首都フシミに行って教会と魔道具店、それから転移陣の設置を許可を貰ったり、陽太たちとドライアドたちの顔合わせをしたりした翌朝。
目をパチッと覚ますとモフモフの茶色い塊がモッフモッフと僕の手の平を叩いていた。
ふさふさの狼の耳がピクピクッと動くと、モフッと僕の手の平の上に茶色い尻尾が乗っかって止まった。
……今日もモフモフだ。
昨日は寝ている間にエミリーの尻尾をギュッとしちゃってたけど、朝から尻尾を撫でてしまうとスイッチが入ってしまいかねないのでそっと引き抜く。
ベッドのシーツの上に尻尾が取り残されたけど、今度は僕のお腹辺りに乗っけられた。
「ちょっとくすぐったいんだけど……」
「………」
「シンシーラ、起きてるんでしょ?」
「………」
「おーい、シーラさんやーい」
シンシーラの剥き出しの肩に触れて軽く揺する。
直接触れる肌から彼女の体温と柔らかさを感じた。
「……エミリーの尻尾は朝からモフモフしたらしいじゃん? アタシの尻尾もモフモフするじゃん」
「いや、あれは不可抗力というか、寝てたらギュッとしてたと言うか……。それに、昨日の夜たくさん尻尾モフモフしたじゃん」
「平等に愛する事を誓ったじゃん?」
「いや、誓ったけど……寝てる間の事だから……」
「起きた後も二、三回揉まれたって聞いてるじゃん」
「モフモフを握ってたら、ついしちゃうというか……ていうかどこまで筒抜けなんすか!?」
「平等に愛してもらうために情報交換してるだけじゃん。一夫多妻で妻同士の中が良い場合はよくある事らしいじゃん」
「……そうなんすね」
一夫多妻も大変だなぁ、なんて事を想いながらシンシーラの望み通り数回彼女の尻尾をモフモフした。
シンシーラもそれで妥協してくれたのか、ガバッと起き上がった。
「もういろいろ見たりしてるんだから顔を背けなくてもいいじゃん?」
さっきまでの不機嫌そうな声とは裏腹に、後ろから楽し気な声が聞こえてきた。
ただ、僕が頑なに振り返ろうとしない事を知っているからか、ガウンを羽織った彼女はベッドから立つと、部屋から出て行った。
扉が閉まる音を確認してから僕も着替え始める。
今日は世界樹ユグドラシルのお世話をした後は、クレストラ大陸に戻る予定だ。
だから今日のお世話係は無しという事なので、ゆっくりと着替える事ができた。
着替えを済ませて速達箱の中を確認した後、シンシーラが出て行った方の扉から外に出ると、メイド服を着た黒髪の女の子が待ってくれていた。
「おはよう、モニカ」
「おはようございます、シズト様。お食事の準備は既に終わっているようですが、いかがなさいますか?」
「すぐ食べるよ」
ユグドラシルのお世話は食後にする事にして、食堂へと向かう。
その間、今日ドランの屋敷に訪れる人々について聞いたり、僕がクレストラ大陸に行っていて不在の場合の対応方法を確認した。
食堂に着く頃には一通り話し終えたので、朝ご飯はのんびりと食べる事ができた。
朝食を食べている間に、レヴィさんが今回クレストラ大陸に行く面々の確認をしてくれた。
ラオさんとルウさんは向こうの冒険者ギルドと接触する可能性も踏まえてついて来てくれるそうだ。
ジュリウスと世界樹の番人は当然護衛としてついて来るし、近衛兵も十数名ついて来るそうだ。ただ、何事もなかったらレヴィさんの農作業の手伝いに駆り出されるだろうけど。
レヴィさんとジューンさんは当然ついて来る。レヴィさん付きの侍女であるセシリアさんと、専属護衛のドーラさんも一緒だ。
知識奴隷に店を任せるからと、ホムラとユキもついてくる事になった。大市場として賑わっている転移門周辺に魔道具店を出店して、エント様を布教するのもありだろう。他の二柱についても何かしら考えないと呼び出しされるかな……。
「留守の間はよろしくね、モニカ」
「お任せください」
ぺこりと綺麗な一礼をしたモニカに万が一何かがあったらすぐに連絡するように伝えて、席を立つ。
一先ずサクッとユグドラシルのお世話をしてこよっと。
ユグドラシルのお世話は何事もなく終わった。
視界に映る所でじっと伏せていた真っ白なグリフォンさんに挨拶をしたら、グリフォンさんも首だけ動かして挨拶を返してくれた。
ニホン連合のシガではお世話になったのでお礼としてお肉やらお酒やらを僕からも追加で上げたけど、魔石が一番嬉しかったようで、ぼりぼりと砕いて食べていた。
……もうちょっとランクの高い魔石を上げれたらよかったんだけどな。
そんな事を思いながらユグドラシルを後にして、ファマリアを経由してガレオールへと転移する。
転移先はガレオールにある魔道具店の一室だ。
既に皆揃っていて、準備も完了していた。
僕も世界樹の使徒として正装している。
店を出ると馬車が待ってくれていたので、エルフの正装を着たジューンさんと露出の少ないシンプルなドレスを着たレヴィさんと一緒に馬車に乗り込んだ。
セシリアさんが最後に乗り込んで馬車の扉が閉められる。
他の皆は馬車の周囲を警戒しながら歩いてついて来ていた。
馬車が向かっているのは実験農場ではなく、真っ白な王城だ。
クレストラ大陸に向かう前に、以前から話が出ていたランチェッタ様とお茶会をする事になっていた。
今後も、ガレオールを経由する際に、ランチェッタ様の都合が合えば一緒にお茶会やら食事会やらをする事になっている。
今回は非公式という事だが、王城を歩くという事で正装をしたんだけど……変な所はないよな?
「問題ありませんから、落ち着いてどっしりと構えていてください」
「そうですわ。何かあったらすぐに知らせるから安心するのですわ!」
「私はぁ、何もお役に立てないかもしれませんけどぉ、一緒にいますから安心してくださいねぇ」
そう言われても、王城なんて数えられる程度しか行った事がないし……。
三人に宥められている間にも、真っ白な城へと近づいて行っているのが分かる。
到着するまでの短い間、久しぶりに使う魔道具『タブー帖』を見ながらやってはいけない事を思い出すのだった。




