幕間の物語189.猫耳少女は焼きもちを焼かれている
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ドラゴニア王国の最南端に新しくできた町ファマリア。
世界樹を中心に拡がるその町は、今も拡大を続けていて、そのための資材を運んだり、世界樹の素材を買い求めたりするために、たくさんの人がこの町を訪れては去っていった。
それだけ多くの者が行き交うファマリアは、不毛の大地と呼ばれるアンデッド系の魔物がわらわらと湧く場所のど真ん中にあった。
そのため、商人が乗った馬車の護衛として冒険者たちもたくさんやってくる。
そんな冒険者たちを受け入れるのは、ファマリアの西区にある宿屋が密集した地域だった。
冒険者向けの宿屋の近くの露天商はどこも冒険者向けの安くて量が多い物ばかりだ。
お金をたくさんお小遣いとして貰っていて、尚且つ普段からたらふくご飯を食べる事ができている町の子どもたちは見向きもしないが、ランクの低い冒険者たちはそこで食事をしたり、宿屋に併設されている食堂や居酒屋で食事を取ったりしていた。
たくさんの宿屋がひしめくその地域の中でも、有名なのは『子猫の宿』と看板を掲げた三階建ての宿屋だ。
ただ、有名なのは宿屋としてではなく、飯屋として、だったが。
前回このファマリアの町で行われた料理大会で優秀な成績を修めた夫婦が営んでいるという事で、町で働いている奴隷たちが足繁く通っていて、いつも賑わっていた。
調理場には紫色の髪の少年がいて、首輪を着けた女性たちに指示を出しながら料理を作っていた。
出来上がった料理は、首輪とお揃いのエプロンドレスを身に着けた女の子たちが給仕をしている。
その様子を、入り口付近のカウンターでボーッと眺めているのは宿屋の店主であるランだった。
黒い猫の耳と尻尾が特徴的な猫人族の少女だ。
彼女の黒い瞳に映るのは忙しくも楽しそうに働いている女の子たちだ。
その様子を見て、ランは小さくため息を吐く。
食堂は連日賑わっているのだが、宿屋の方は殆どお客さんがいない。
彼女の両親がやっていたように、ちょっとお高めの宿として売り出しているのだが、高ランク冒険者はもっと上のランクの高級宿に泊まるし、そうでない者たちは基本的には複数人で泊まるタイプの宿に宿泊している。
中間層はドランにはたくさんいた。定期的にダンジョンに潜ってそこそこ稼いでくる者たちが泊まってくれていたのだが、残念ながらファマリアの近くに彼ら向けのダンジョンがない。
経営的に食堂だけで問題ないと言えば問題ないのだが……。
「せっかくお父さんたちに許可を貰ってこっちに来たのに……つまんないなぁ」
ドランにいる頃よりもっと刺激的な毎日を求めてやってきたのだが、やってくるのはご飯目的の子どもたちや顔なじみの中年冒険者ばかり。
食堂の手伝いをしようとするも、共同経営者であり最近夫になったキースに「宿屋の仕事をしっかりして」と言われて断られてしまった。
宿屋の仕事と言っても、魔道具『埃吸い吸い箱』のおかげで履き掃除をする必要がないため、ベッドメイキングをするだけでほとんど終わってしまう。
時々窓を拭いたり、床を水拭きする程度だが、清潔に保たれていた。
「誰か泊まってくれないかなー」
なんて事を考えて日がな一日のんびりと過ごしていた彼女の下に、つい先日、三人の冒険者がやってきた。
獣人であるランを見ても宿屋を変える様子もなく、連泊している。
一人は女の子のようにも見える黒髪の少年だった。
黒い髪の少年を見ると、良く騒ぎを起こしていた……というよりも起こされていたシズトの事を思い出すが、こちらの少年は礼儀正しく問題を起こしていない。
出かけた後に布団の交換などをする際に部屋に入ると何も置かれておらず、ベッドも綺麗に整えられていた。
「本当にちゃんと寝てるのかなー」
不思議に思いつつもしっかりと布団を取り換えるランだった。
二人目は茶色の髪の女の子だった。スレンダーで幼さが残る顔立ちの少女だったが、ランよりも年上だった。
年齢を聞いた時には驚いたが、勇者の血が混じっている場合は大体実年齢よりも幼く見えるものだ。
彼女もそうなのだろう、と思った所でふとシズトの事を思い出す。
「そういえばシズトの時も子孫かなって思ったら勇者だったんだよねー。もしかしたらあの子もそうなのかもー?」
そんな偶然あるだろうか? と思いつつさらっと聞いてみたら「そうだけど?」と言われて驚いた。
しかも加護の中でも人気のある【聖女】を授かっているんだと自慢していた。
「だから怪我した時は姫花に言ってね。すぐに治してあげるから」
少女はそう言い残すと、上機嫌で階段を上って行ったのは数日前の事だ。
最後の一人はお喋りな金髪の少年だった。
じろじろと尻尾や猫耳を見てくるので、そういえばシズトも珍しそうに見てきたなー、なんて事をいつも考える。
ただ、シズトと違うのは耳や尻尾だけではなく、少し膨らんできた胸やお尻などにも視線を感じる事だろうか。
先の二人よりも関わる機会は多く、いろんな話をしていた。ほとんど自慢話だったが。
ほとんどが冒険の話だったが、すごい加護を神から授かった勇者である事も何度か話に出ていた。
ランは「すごい人なんだねー」とニコニコ笑顔で言うが、さりげなく触ってこようとする手からするりと逃げていた。
ベタベタ触られると夜、キースが不機嫌になるからだ。
案の定、今日も食堂の営業時間が終わるとキースが不満そうに居住用の部屋に入ってきた。
「くれぐれも、あの三人組には気を付けてね! 特に金髪の男!」
「心配性だなー、キースは」
「勇者が人の女に手を出す事があるのは有名でしょ!」
「それを言ったらキースも気を着けなくちゃいけないよー?」
「は?」
「だって、男の人に手を出す事もあったって言われてるでしょー」
「僕はラン以外に興味ないから!」
「えー、ほんとかなー?」
「じゃなきゃ結婚なんてしないよ!」
「ランもそうだよー」
ギュッと抱き着けば、顔を赤くするキースが面白くて、不機嫌な時はいつも抱き着いてキースの顔をジッと見る。
それから頬にキスをすれば慌てた様子でキースは部屋を出て行ってしまうのだ。
「寝室はここなんだけど、どこにいくんだろーねー?」
不思議に思いつつ、キースが戻ってくるまでベッドに横になって待っていようとすると、いつもいつの間にか寝てしまうランだった。
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