幕間の物語186.賢者たちはあまり深く話せなかった
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ファマリアの迎賓館で行われたドラゴニアの王侯貴族との非公式の会談を終えた明たちは、宿屋が集まっている西区へ向かっていた。
日が暮れた町の通りは、他の大都市と比べてもとても明るく、賑わっている。
道を照らしている外灯は、すべて魔道具だった。
道を行き交う子どもたちが乗って移動している台車も魔道具だ。
商店の中を照らしているのも魔道具。
よくよく観察してみれば、魔道具で溢れかえっている町だった。
(これらもすべて静人が作ったんでしょうか? そういえば今日の話の中で『魔道具を売った』と言ってましたね。奴隷や仲間にダンジョンを探索させて手に入れた魔道具を売っていると勘違いしましたが、魔道具を作る加護があれば売るほどたくさん手に入れるのは容易な事でしょうね)
羨ましさを感じつつも、仮に自分が付与の神から加護を授かったとしてもここまで上手くいってなかっただろうと明は思った。
エンジェリアに転移した時点で聞いた事がない加護を持っていたら間違いなく逃げられないようにされていただろう。生産系の加護ではあるが、戦闘に活かそうと思えば幾らでも使える代物だから。
そう考えると、珍しい加護だがこの世界の者にも授けられる事がある物で良かったような気もする明だった。
仕事終わりの食事を楽しむ奴隷の首輪を着けた子どもたちを見ながら通りを歩いていると、通りの一角に『子猫の宿』という看板が見えてくる。
扉を開けて中に入ると、店内は大勢の人で溢れかえっていた。
「あ、おかえりー。ごめんねー、ちょうどピークの時間なんだー」
「構いませんよ」
戻ってきた明たちを出迎えたのは、出入り口付近のカウンターに座って、店内の様子を眺めていた猫人族の少女だった。
三角巾を被ったその少女の名前はラン。
猫のような黒い耳と尻尾が特徴的な少女だ。
給仕は手伝い要員として派遣されている奴隷たちに任せ、彼女はのんびりと宿屋の客の相手をしていた。
「それぞれ鍵を無くさないでねー」
「分かりました」
「分かってるわよ」
「後、女の子を連れ込むのもやめてねー」
「もちろん連れ込まないさ」
「連れ込む相手がいないだけでしょ」
「うっせーわ! ……その代わり、ランちゃんが相手してくれんだろ?」
「そんな事しないよー」
アハハと笑って流したランだったが、厨房からは強烈な視線が飛んできていた。
その視線に気づいているはずの陽太はめげる事もなく、なおも口説こうとしたので明が陽太を押しのけて割って入る。
「空席ができたら教えてください」
「だいぶ先になると思うけどー?」
「構いません。こちらも三人で話したい事がありますから」
「わかったー。じゃあ、呼びに行くねー。だれの部屋に行けばいいのー?」
「僕の部屋でお願いします」
他の二人を部屋に招き入れたくないが、何となく陽太の部屋には入りたくなかったのと、女性が泊まっている部屋に入るわけにいかなかったので、自分の部屋で話し合う事を独断で決めた明は、身体強化の魔法を駆使してぐいぐいと陽太を押していく。
階段まで差し掛かると、流石の陽太も抵抗する事を諦めて大人しく登り始めた。
三階の角部屋が明の部屋だった。
その扉を開けて中に入ると、特に変わり映えのしない客間だった。
「なんもねぇな」
「基本的にアイテムバッグに入れてしまえば置いていくものはありませんから」
「えー、そう? 姫花、もっといろいろ置いてるけど……明がミニマリストなだけなんじゃない?」
「そんな事はないと思いますが……」
「いや、俺の部屋と比べたら何もなさすぎるって」
「どうせ陽太は脱いだ物はそのままにしているんじゃないですか?」
「そ、そんな事ねぇよ」
「目を合わせて返事をしてもらえませんかね?」
明は一脚だけあった椅子と、机を魔法でベッドの近くに置くと、自分はベッドに腰かけた。
ふんわりとしたそのベッドに程よくお尻を沈み込ませて座ると、探し物をするかのようにきょろきょろと部屋を見ていた二人に声をかけて座らせた。
「時間はまだまだあるとは思いますが、サクサクと話をしていきますか。まずは、今後についてです。各々、どこに暮らしたいという希望はあるんですか?」
「ドラン以外の選択肢ねぇな」
即答したのは机の上に座った陽太だった。
陽太に視線を向けて、明が「どうしてですか?」と尋ねると、当然の事のように陽太は答える。
「そりゃお前、娼館があるからに決まってるだろ」
「一人で行けばー?」
「女のお前には関係ないわな。明は来るよな?」
「行きませんけど?」
「なんでだよ! ダンジョンもドランのすぐそばにあって稼ぎ放題だぞ! 魔石の買取価格、ドラン周辺は高くなっているって商人のおっちゃんが言ってただろ」
「金稼ぎをするなら別の方法があるから危険を冒す必要がないです」
「姫花も明にさんせー。お金は確かに大事だけど~、一番大事なのは自分自身だから!」
「命あっての物種ですからね。姫花はやはりファマリアにするんですか? 王都で新しい出会いを求めるのかと思ってましたが」
「それも考えたけどー。この世界の金持ちってだいたい複数人を娶るから……」
「まあ、そうですね。甲斐性があればあるだけ、って感じですからね。特に貴族はより良い加護を授かるために一夫多妻や一妻多夫は当然って感じですし」
「ほんとそれ。まじ萎えるんですけど~。静人もありかなとか思ってたけど、もう結婚してるし相手は十三人もいるし……」
「候補を含めたら十四人ですよ」
「十三も十四も変わんないわよ」
「まあ静人の場合は、マイナーな神様の信仰を広めようとしたら、たくさんの子を産んでもらう必要がありますからね。前世の日本だと一人で子ども三人とか少数派でしたし。それに、世界樹を育てる加護にアダマンタイトすら加工できてしまう加護、それからダンジョン産の魔道具と遜色ないレベルで作成できてしまう加護を一人で授かってるなんて聞いたら貴族が放っておかないでしょう」
「くっそ~~~。俺も加護を何個もねだっておけばよかった~~~!!!」
本気で悔しがる陽太に呆れた視線を向けた二人だったが、すぐに気を取り直して姫花が「明はどうするのよ」と尋ねた。
「僕は貴族とかの相手が疲れましたから、しばらくはここで過ごそうかと。先程の国王陛下との会談の際に、この町にはあまり貴族が長居しないと聞いてますから」
世界樹の素材を求めに貴族の御用商人が訪ねてくる事はあるが、貴族が来る事は滅多にない。
それはトラブルを避けるために静人の町に極力出向かないようにと国王が指示した事だった。
実際は国王がゆっくりと羽を伸ばすためだったりするのだが、明たちが知る由もない。
「静人の迷惑にならない程度に過ごしていれば追い出される事もないでしょうし、僕も光魔法を使えますからアンデッド系の魔物を安全な場所から倒していけばそこそこ稼げると思います」
「ふーん」
「……まあ、ここまで話しておいてなんですが、お互いばらばらに行動するのは監視役がついてからですからね」
「なんで?」
「お互い、相手のトラブルのせいで勇者の評判は落としたくないでしょう?」
「そうね」
「おい、なんで俺を見んだよ。お前らだっていろいろやらかしてるだろ!」
「姫花、何の事かわかんなーい」
「心当たりが全くないですね」
「ちょっかいかけられた時に、俺の力で追い返した事が何度も会っただろ!」
「そんな事あったっけ?」
「記憶にありませんね」
「すっとぼけんじゃねぇ!」
大きな声を出す陽太だったが、本気で怒っている様子ではなかった。
それもこれも三人のこれまでの関係があっての事だろう。
今後についての事を深く話し合えそうにないと判断した三人は、その後、しばらくの間ふざけ合ったり、談笑したりするのだった。
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