360.事なかれ主義者は纏わりつかれた
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謁見の間の扉が開かれて、中に入ると初老の男性が僕らを見下ろしていた。
その男性は、高い所に置かれた玉座に座っていて、色とりどりの宝石がちりばめられた金色の王冠を頭に嵌めている。
髪の毛は真っ白だったけど、鷹のように鋭い目は黒かった。恐らく髪の毛も元々は黒かったのだろう。
歳相応に皺が刻まれていて、おそらく定年すぎたくらいの歳だと思う。
……この世界に定年があるかは知らないけど。
冒険者だったら身体機能の衰えで引退はありそうだけど、魔法があるせいで割と老人でも強いらしい。
積み重ねられた経験と、磨かれた技で現役バリバリのおじいちゃんもいるんだとか。
熟練の魔法使いは僕と同じくらいの魔力量で、大魔法をバンバン使うとか誰かが言っていた気がする。
冒険者の引退はどちらかと言うと、魔物にやられて部位欠損したり、精神的なトラウマを抱えてしまったりした時だそうだ。
「ゴホンゴホン!」
レヴィさんがわざとらしく咳をしたけど、ちゃんと分かってるよ。
相手が玉座に座って出迎えた時は、相手が僕たちの事を格下だと思っているんだよね。
さて、こちらはどう出るべきか……分かんないしとりあえずレヴィさんの真似をしておこう。
頷いたレヴィさんから視線を前に戻して、真っ赤なカーペットの上を歩いて玉座に座る男性の元へと向かう。
案内の兵士に止められる所まで歩を進め、レヴィさんの方へ視線を向けないようにしつつ気配を探ったけど、彼女は座る素振りがなかった。
「………」
「………」
レヴィさんをチラッと見ると、彼女は男性をジロッと見上げていた。
男性の方はそんなレヴィさんに気にした様子もなく、僕の方を真っすぐに見ていて眉間に皺が寄っていた。
「………貴様がシグニールの勇者か」
「あ、違います」
低く威圧感のある声でちょっと怖いけど、訂正すべきところは訂正しないと。
「僕は勇者じゃなくて、彼らと一緒にこの世界にやってきた異世界転移者です。音無静人です。よろしくお願いします」
「……ヤマト・タケルだ。その装束……エルフの正装だったはずだが? それも随分高位なくらいについているようだが、シグニールでは人間もエルフに混じって生活でもしておるのか?」
「いえ、これは成り行きでこうなってしまったというか、必要に迫られたからこの地位についているというか……」
顔は険しくて怖い雰囲気のある男性はタケルさんというらしい。
……王様だからヤマト大王とかにした方が良いのかな。
チラッとレヴィさんに視線を向けて考えていると、彼女はこくりと頷いた。
レヴィさんはドレスのスカートの端を持ち、綺麗なカーテシーをして見せながら挨拶をし始めた。
「私はドラゴニア王国の――」
「ああ、貴様の挨拶は不要だ。調べはついている」
ムッとなったけど我慢我慢。
……あれ、座って出迎えられたら我慢しない方が良いんだっけ?
ついつい我慢してやり過ごそうと思っちゃうのは悪癖かもしれない。
「僕と結婚している事もご存じですか?」
「ああ、ある程度知っておる。貴様が戦嫌いである事も、どのような加護を持っているのかも、な。だからわざわざ迎えを送ったのだ。意味がなかったようだがな」
置いてきちゃいましたからね。
そこはごめんなさいだけど、普通に移動したらここまで来るのにどれくらい時間がかかるか分からなかったから反省はしてない。
「光栄です。……じゃあ彼女の後ろ盾は僕と同じという事になるんですけど……」
「それは脅しか? 我らの国土よりも小さな国々が後ろ盾になっておろうと関係ないわ。ましてや貴様らの故郷は海の向こうのはるか遠く。万が一の事があっても手出しはできんだろうさ」
ヤマト陛下はフッと口元を歪ませた。感じ悪い笑顔だな。……いやいや、顔がちょっと感じ悪い顔なだけで他意はないかも。
なんて事を考えていると、レヴィさんが一歩前に出て口を開いた。
「そちらこそ、私たちを脅しているのですわ? 言う事を聞かないと万が一の事が起こり得る、と」
「他意はない。ないが、何が起こるか分からないというのが人生というものだ」
「……シズト、ダメですわ。話が通じそうにないのですわ」
「んー、まあでも、一応話をしようとしたという形が大事だと思うんだ」
だから伝えるだけ伝えよう。
ヤマト陛下の鋭い眼光に怯みつつも、ポケットから取り出したダンジョン産の紙に書いた内容を読み上げる。
「世界樹フソーの世話を僕が引き受けるにあたって、そちらに守って頂きたい事は三つ。一つ目は、我々に手を出さない事。手を出した場合は我々も反撃する。二つ目は我々に自治権を認める事。世界樹を囲う森の中までで結構。そちらがちょっかいをかけない限りは今の範囲以上求める事はしないと誓う。三つ目は―――」
「そんな事をどうして守らねばならんのだ」
「え、普通に安全じゃないと落ち着いて世界樹の世話をできないからですけど……」
「ふん。安全が望みか。だったら余が直々に貴様を飼ってやろうではないか。そうすれば安全だろう?」
「……話にならないのですわ」
「ほんとだね」
「どうやらヤマト側は世界樹フソーよりもあの土地が欲しいみたいですわ。自治権は絶対に認めるつもりがないみたいですし、シズトの事を良いように利用して飼い殺しにするつもりのようですわ。これ以上話しても時間の無駄ですし、さっさとお暇するのですわ~」
「随分と甘やかされて育ったようだな。逃げられるとでも思っているのか?」
部屋の警備をしていた煌びやかな鎧を身に纏った兵士たちが集まってきて、僕たちをぐるりと取り囲む。
僕たちが入ってきた扉からは続々と兵士が入ってきていた。
だけどこの程度の包囲であれば問題ない。
「お邪魔しました~」
別れの挨拶と同時に身に着けていた『帰還の指輪』に魔力を流すと、一瞬で視界が一変した。
近くにいた僕と同じ色の肌の小柄なドライアドたちが「人間さん、こんにちは~」とのんきに挨拶をしてきた。この大陸用に新しく作った『帰還の指輪』がしっかりと動作してくれたおかげで無事に帰ってくる事ができた。
ホッと胸を撫で下ろしつつ、ドライアドたちに挨拶を返していると、向こうに残っていた皆が一斉に転移してきた。
「やっぱり、話にすらならなかったね」
「随分と好戦的な君主だったから仕方がないのですわ。シズトを無理矢理奴隷にして言う事を聞かせようとしていたのですわ」
「ガレオールやドラゴニアと戦争になるとは思わなかったのかな」
「転移陣で大陸が繋がっているとは思っていなかったのもあるとは思うのですけれど、単純に国土面積で考えると圧倒的にヤマトの方が大きいのですわ。大きさがそのまま武力の差になるという訳ではないとは思うのですけれど、国土が広ければそれだけ加護を持った人も多いでしょうし、人材も豊富でしょう。それでこちらを格下だと最初から決めつけているのだと思うのですわ」
「なるほどねぇ……」
大国だから油断とかもあったんだろうなぁ。
まあ、何にせよ、南の国とは交渉する事すらできなかったわけだし、どうしようかな。
「とりあえず、周りの国に賛同してもらえるところがないか探してみるしかないのですわ」
「認められなくても勝手に居座るんだけどね。まあ、とりあえず賛同者が見つかるまではフソーも含めた世界樹の世話をしながら防衛用の魔道具をせっせと作ろうかな」
「それがよろしいかと」
ジュリウスが同意をするのと同時に、僕の足元に集まって見上げていたドライアドたちが同時に騒ぎ始めた。
「人間さん、フソーちゃんを元気にしてくれるの!」
「いますぐ? いますぐやるの?」
「はやくやって~~」
「はやく!!」
「やるから! ちゃんとやるからよじ登らないで!」
「お兄ちゃんによじ登っていいのはあーしなんだけど!?」
「ちょっとクー! 飛びつく前にドライアド剥がすの手伝って!」
「私はとりあえずフソー周辺の土でも耕すのですわ。ドーラと手が空いている近衛兵は手伝うのですわ」
「ん」
「ハッ!!」
「レヴィア様、先にするべき事があるのでは?」
「そうだよ、クーとドライアドたちを引っぺがすの手伝って!」
「仕方ないですわ」
やれやれ、といった感じでレヴィさんが手伝ってくれたけど、結局クーは僕の肩の上から離れる事はなかった。
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