幕間の物語175.ドラン公爵たちは建前が欲しいだけ
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遥か昔からドラゴニア王国の盾となり、剣ともなってきた公爵家の当主であるラグナ・フォン・ドランは、現在ドラン公爵領の領都ドランにいた。
領主の館の執務室で、短く刈り上げた髪をぼりぼりとかきながら報告書を眺めている。
座っている彼に報告をしているのは、大柄で筋肉質な体躯を持つ男性だった。
彼の名前はアルヴィン・ウィリアム。ドラン公爵家の常備軍を任されている中年の男だった。
公爵への報告だというのに、彼は報告しながらもさもさの髪の毛をずっと弄っている。
「不毛の大地にある『亡者の巣窟』で、安定してミスリルなどが取れるようになったおかげでミスリル製の装備が軍内部にも普及しつつあるようです。私は公爵様より賜った物があるので必要ありませんが、一定量のミスリルを購入した者は休暇を取ってファマリアへと行き、ドワーフを捕まえて加工してもらっているそうです」
「まあ、ミスリルともなるとそこらの鍛冶師に任せたいとは思えん代物だからな」
「そのミスリルの武器をファマリアの奴隷たちが持っていた、という話も聞こえてきましたが、私が行った時にはそのような物を持っている奴隷は一人もおりませんでした」
「わざわざお前が出向く事もないだろうに」
「やっとファマリアの治安が落ち着いてきたのに、また一波乱あるかもしれないと感じたから私の目で確認しに行ったんですよ。……それで、シズト殿は奴隷にミスリルの武器を渡したとか、そういう話は聞いてますか?」
「いや、特には聞いていないが……ファマリアで暮らす一部の奴隷たちが志願してダンジョンに探索しに行ったそうだ。もしかしたらその者たちの中にミスリルの武器を持っている者がいたかもしれんな。シズト殿なら普通に渡しそうだ」
高い物だ、という認識はあるはずだが、魔道具を気軽に奴隷たちに渡しているのだ。そのくらいは悪気なくするだろう、とラグナはため息を吐いた。
「それより、亡者の巣窟の報告はそれでしまいなのか?」
「いえ、まだあります。話がそれて申し訳ございません」
「よい。それで、他にどのような報告が?」
ラグナが眠たげな青い目をアルヴィンに向けると、彼はふさふさの髪をモフモフと片手で弄びながら口を開いた。
「探索の準備が整ったようです。明朝、探索を開始させてもよろしいでしょうか。シズト殿の土地にあるダンジョンですからシズト殿の許可を頂いてからの方がよろしいのでは?」
「シズト殿からは間引きをしっかりしてくれれば好きにしていいと言われている。ダンジョンにはもう入りたくないそうだ」
「なんと………勿体ない」
「そうだな。シズト殿の力があれば、あの底知れぬダンジョンの踏破も夢ではないかもしれん。が、本人が嫌がっているのに無理やり入れる訳には行かないだろ」
「ですな」
揃ってため息を吐いたところで報告が終わったようだ。
ラグナはアルヴィンを下がらせ、窓の外をぼんやりと眺める。
夕日に染まった雲や、街並みがとても綺麗だった。
日が落ちた後も魔道具の明かりを頼りに執務に励んでいたラグナは、ふと誰かが近づいて来ている事に気付き筆を止めて顔をあげた。
侍女によって開けられた扉から入ってきたのはリヴァイ・フォン・ドラゴニア。このドラゴニアの国王である。
金色の髪は肩にかからないくらいまで伸ばされていて、外側にカールしている。
ラグナに負けず劣らず大柄な体は鍛え上げられ、無駄な肉はどこにもない。
「またお前は気軽に来やがって」
国王に対して悪態をつく事ができるのは国内を探しても片手で数えられるほどもいないだろう。
ラグナは悪態をつきながら立ち上がると「まあ、座れ」とローテーブルの近くに置かれていた椅子に座るように促した。
同年代という事もあり、昔から付き合いがあるからこそこのような態度が取れるのだろう。
リヴァイも気にした様子もなく、言われたところに座った。
「シズト殿の作った魔道具は便利だが、夜遅くまで仕事をできるようにしてしまったのは考え物だな」
「それをいうなら一国の王がフラフラと王都から遠く離れた地に遊びに来るのもアレだろう?」
室内で控えていた侍女が二人の前にワイングラスを並べ、そこに赤ワインを注いだ。
ドラン公爵領の中でも有名なドラゴーニュという物だ。
鮮やかな血のようなその色をグラスを回しながら楽しむリヴァイに、ラグナは「今日は何の用だ?」と尋ねた。
「浮浪児対策の一環として始めた『学び舎』の進捗が気になってな」
「お前の所でもやっているだろう」
「比較対象があった方が問題点を見つけやすいだろう?」
「……まあ、一理あるな」
「教師役は見つかったのか?」
「冒険者ギルドに素行が良くて引退間近の冒険者を紹介してもらった。奴隷階級の者でも良かったのだが、侮られる可能性があるからな」
「シズト殿の所は学ぶ側が全員奴隷だったから相手の身分を気にしなかったのだろうな」
「それもあるが、向こうはエルフの存在が大きい。シズト殿のためならばと教師役を買って出る者が多いからな」
「なるほどなぁ。王都でも教員不足が深刻だが……解決策は今の所ないか。……いっその事、シズト殿にお願いして、慈善事業として行ってもらった方が教員集めは楽かもしれんな」
「シズト殿がいなくなったら破綻しないか、それ?」
「そうだな……。欲張らずに、寝泊まりする場所と仕事の斡旋だけに留めるか? 今までと比べたら、十分すぎるほど彼らの環境は良くなるだろう?」
「まあ、そうなんだがなぁ。ドーラから研修所の成果を聞くとどうしても勿体なく感じてな。お前も娘から聞いているだろう?」
「聞いてはいるが……あれは魔道具を日常的に使っているのも要因の一つだろう? 王都やドランで同じ事をしようとしても、盗まれて終わりだと思うぞ」
「だよなぁ……」
どうしたものか、と考えつつも二人の顔には笑みが浮かんでいた。
酒が回っているのか顔も仄かに赤らんでいる。
リヴァイはグラスの中に残っていたワインをグイッと呷ると、グラスを机の上に置いた。
「これはアレだな。シズト殿の所に行ってまた見学するしかないな」
「そうだな、実際に見て学ぶしかあるまい。時間が余ってしまったらボウリングでもするか?」
「それもいいが、他の遊びも試してみたいなぁ」
グラスに再び入れられた赤ワインを楽しみながら、二人は夜遅くまで語り合った。
結局、執務室で寝落ちした二人は、目を覚ました時に青筋を立てた王妃が仁王立ちしているのを見て肝を冷やしたという。
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