356.事なかれ主義者は断れた
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今、僕の目の前には同じ世界からやってきた男性がいた。
見た目的に大学生くらいだろうか。
髪の毛をオールバックにしていて、側頭部は短く刈り上げられている。
強気な印象を与える黒い目は若干吊り上がっている。
その視線は時折僕から両隣に座っている女性の胸元に吸い寄せられているが……まあ、気持ちは分かる。
「はじめまして。大和修一だ。君の名前は?」
「音無静人です」
「珍しい苗字だね。あ、僕は婿養子だから元の苗字は違うんだよ」
「そうなんですね」
誓文を交わしてもらった事もあるのか、にこやかな表情のまま自己紹介が始まった。
右隣に座っている青いドレスを着たレヴィさんが何も言わない所を見ると問題ないのだろう。
レヴィさんはしきりに左手の薬指に嵌められた指輪についている黒い宝石を触っていた。
左隣に座っているジューンさんに目を向けると、彼女は視線を落として左手の薬指に嵌められている黒い宝石が付いた指輪を見ていた。
二人が着けている指輪は、ホムラとユキにお願いして手に入れたブラックダイヤモンドを加工して作った物だ。
なかなか数が揃わなくて時間がかかってしまったけど、丁度良い機会だからと取り急ぎある分は指輪にしてもらってレヴィさんやジューンさんたちに渡した。
皆喜んでくれて良かったけど、興奮したルウさんに捕まってシュウイチさんとの会談が昼過ぎになってしまった。
「シズトくんは名前が変わってないんだね?」
シュウイチさんの視線がチラッと僕の右隣に座っているレヴィさんの方へと移った。
彼女の顔を見る前に、一度彼女の規格外の胸に視線が吸い寄せられたのは仕方ない事なのだと理解している。
まあ、つい見ちゃうよね。
ただ、ランチェッタ様の時のように口説かれてないらしい。
流石に人妻に手を出すような人ではなかったようだ。
指輪を左手の薬指に着けていたら手を出さないんじゃね? と思ったけど上手くいって良かった。
……ただ、脳内では気持ち悪い妄想が繰り広げられていたと、うんざりした表情でレヴィさんが言っていたな。一応気を付けてもらおう。
……思考がどっかに脱線してしまったけど、彼の質問に答える。
「そうですね。結婚はしましたが、王族にはなりたくなかったのでそのままの地位にしてもらいました」
「なんで? 王族になったらやりたい放題できるじゃん」
「別に今でもやりたい放題できているからそれでいいんです」
「ふーん。……てか、俺普通にため口で話してるけど、シズトくん年下であってる? 俺、二十歳」
「あってますよ、年下です」
「高校生くらいだったん?」
「はい、そうです」
「そりゃー大変だっただろうねぇ。いや、俺も大学生だったけど大して状況変わらんし同じような物だっただろうけど」
「んー、まあ、そうですね」
冒険者になるために血判を押す事になったり、昇格試験で色々あって血がやっぱり駄目だと再確認したり、世界樹のごたごたや龍の巣とかいう勝負に参加させられたり……。
特に冒険者は大変だった。継続は難しそうだよな。
相手を傷つける事無く依頼をこなせたらいいんだけど……ん、なんか閃きそうかも……?
「加護とかも使いこなすまで時間がかかるよなぁ」
「そうですねぇ」
……ちょっと一つ忘れている事に気付かない程、使いこなせてはいなかった。
今も完璧に使いこなせているかと問われると微妙だ。
「君の加護は世界樹を育てる加護って聞いたけど、本当にそうなのかい?」
「まあ、世界樹を育てる事は出来ますね」
他にも二柱から加護を貰っているけど、その事は心の内に秘めておいた。
ラオさんにもレヴィさんにも基本的に加護について向こうから言われない限りは隠しておけばいいと言われているから。
「それじゃあ、今回我が国に協力するための力はある、という事だね。実際先程トネリコに対してやっていたのを見たから、証明なんてしなくていいよ」
「信じていただきありがとうございます」
一応向こうの方が年上っぽいから敬語と丁寧な行動を心掛けつつ話をしていると、シュウイチさんから今回の訪問の目的を話し始めた。
「エルフ共が神様の存在を秘匿して好き勝手やっていた事をフソーの周辺諸国が知り、我慢の限界になって起きた戦争はすでに終わってる。都市国家フソーは現在、大和と他の国々がそれぞれ境界線を決めて運営している所だ。世界樹に関しては、戦争の一番の功労国であり、外洋へと向かうための特別な船を持っていた事もあって大和に一任される事になった。ただ、任されたはいいけど、世界樹を世話する事なんてできねぇし、山分けする予定だった世界樹の素材が前の世界樹の使徒にごっそりと盗まれたみたいで利益がほとんどなくて困ってんだよ。同郷の者同士、助け合っていこうぜ? な?」
……この表情、利用するだけして利用して、こっちが求めた時は何もしてくれないような気がする。
なんか口元は笑っているけど、目が笑っていないというかなんというか……。
事前にレヴィさんから教えてもらっていなかったらそんな風には感じなかったかもしれないけどね。
レヴィさんをチラッと見ると、首を横に振った。どうやら心境の変化は期待できないらしい。
「……そうですね。僕としても神様からお願いされてますし、信仰を広める意味でそちらの世界樹の世話をするのもありですね。ただ、いくつか条件があります。その条件を飲んで頂けないのであれば、お断りさせていただきます」
慎重に言葉を選んで相手の様子を窺うが、嘘くさい笑顔のままだ。
ただ、先程までチラチラとジューンさんやレヴィさんの胸元を見ていたのに、まっすぐ僕を見返してきた。視線があっちこっち行く様子もない。
しばらくの沈黙の後、シュウイチさんが口を開いた。
「その条件を決めるために、一度ヤマトに来いよ。船はもう準備してあるし、今すぐにでも行けるぜ?」
「結構です。こちらにはこちらの独自ルートがありますから」
「あー、そういえばガレオールの女王とも懇意にしてるんだったか。いやぁ、羨ましい限りだわ」
なんか誤解されちゃったみたいだけど、まあいいや。
「そういう事なんで、自分たちでそちらの大陸に向かうので大丈夫です。交渉相手は大国ヤマトの国王様ですか?」
「大王様、な。そう呼ばねぇと面倒だから気をつけろよ」
「ご忠告ありがとうございます。大王様と交渉するために一筆書いてもらってもいいですか?」
「いや、俺もついて行くわ。その方が手っ取り早いだろ? それに、海には危険な魔物がうじゃうじゃいるからな。俺の力があった方が良いと思うぜ?」
「いやー、大丈夫ですー。それに、独自ルートは秘密のルートなんで、ついて来るんだったらこの話はなかった事にしてもいいんですよ?」
僕がそうきっぱりと断ったからか、それとも他の理由があるからかは分からないけど、静かに控えていたシュウイチさんの仲間が彼に耳打ちをすると、彼は諦めたようだ。
「後悔しても知らねぇからな」
なんて事を言っていたけど、国王様……じゃなくて大王様宛の手紙は書いてくれたし、レヴィさんは特に何も言わなかったので良し!
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