351.事なかれ主義者は何となく察している
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ランチェッタ様から厄介な者が来たと報せが届いた翌日。
僕はジュリウスと一緒にランチェッタ様の所に来ていた。
クレストラ大陸からやってきた勇者についての事を聞きたかったのもあるが、彼女から呼び出しがあったからだ。
普段は手紙でやり取りしていたのだが、伝令兵がわざわざやってきて「できるだけ早く相談したい事がある」と魔道具店で働いていたホムラに話したらしい。
まだクーを乗せた馬車は国境を越えただけで首都には着いていないし、暇だったのですぐに転移してガレオールに移動すると、店の近くで警備をしていた兵士さんがランチェッタ様の所まで案内してくれた。
連れて行かれたのは実験農場と呼ばれている場所だった。
その農場をぐるりと囲んでいるのは、ランチェッタ様を普段守っている近衛兵たちだろう。キラキラとした装飾の鎧が太陽の光を反射して眩しい。
そこから少し離れたところにいたドレス姿の女性の元へと歩いて行くと、彼女は僕に気付いたようだ。灰色の目が僕を捉えると、先程まで難しい顔つきで何事か考えていた彼女の表情が綻んだ。
「シズト殿。こんなに早く来てくれるなんて思ってなかったわ。ありがとう」
「暇だったからね。それで、どうしたの? 伝令兵からは詳しい内容が聞けなかったんだけど……ここに案内されたって事は農場で何か問題があった?」
農場に視線を向けると、多種多様な植物が生い茂っている。
たい肥か何かが悪影響を及ぼして関係ない草が大繁殖しちゃったのかな。
「緊急性の高い問題ではないけど、彼女たちにシズト殿の話をしたらシズト殿と話をしたいと言われたから連絡したの」
「彼女たち?」
「ああ、噂をすれば、ってやつね」
ランチェッタ様が僕から視線を外して農場の方を見ると、実験農場に生い茂っている植物の合間からひょこっと小柄な人物が出て来たところだった。
未就学児くらいの背丈で、肌の色も相まって日本にいそうな幼児っぽいけど、頭の上に花が咲いていた。
「ドライアド?」
「やっぱりあの子たち、ドライアドよね。シズト殿と懇意にしているドライアドたちが勝手にこっちにやってきたわけではないわよね?」
「多分違うんじゃないかなぁ。肌の色も違うし」
僕の知っているドライアドたちは雪のように白い肌か、こんがりと日焼けしたような褐色肌だ。アジア系の人みたいな肌の色ではない。
「そうよね。どこから紛れ込んだのか分からないのだけど、今日の朝、農場がこんな状況になってて畑の確認をしようと思ったら彼女たちに止められたのよ。草と草の隙間があって、そこを通るなら入ってもいいと言われてるけど、植物を傷つけたら大変な事になるらしいって前手紙で言ってたじゃない?」
「うん。実際に大変な事になってた場面を僕が見た訳じゃないから何とも言えないけど、とりあえず木には吊るされるんじゃないかな」
一時期は昼間でもドライアドたちがピリピリしていたからなぁ。
「関わる前から関係性が悪化するような事はしたくないから話をするだけで止めていたんだけど、どうやらシズト殿を探しているみたいだったから呼んだのよ。詳しい事はまだ聞けていないわ」
「なるほど……。ジュリウス、話をしても大丈夫そうかな?」
「シズト殿であれば問題ないのではないでしょうか」
「そうかな」
話しをしている最中にもドライアドたちが草の隙間から出てきている。
それから、なにやら集まって話をしているようだ。時折チラチラとこちらを見ているのがなんだか気になる。
「どうやら、向こうの話し合いは終わったようですね」
ジュリウスが言うように、話し終えたのか、集まっていたドライアドたちの視線が一斉にこちらに向いた。
「人間さん、こっち来て!」
「はやくはやく~」
「こっちきて~」
人間さんはたくさんいるんすよ。
この人間さんで合ってる? と自分を指差すとドライアドたちはさらに騒がしくなった。
「来てって言われてるけど……大丈夫だよね?」
「敵意はありませんが、念のため『帰還の指輪』をいつでも使えるようにしておいてください」
「わかった」
「わたくしも近づいて大丈夫かしら?」
「どうだろう……問題ないんじゃないかな?」
「安全は保障できません」
「大丈夫よ。こちらはこちらで護衛がいるわ」
「そうですか。では、シズト様がお気になさらないのであれば好きにすればよろしいかと」
ジュリウスはそれだけ言うと、前を歩き始めた。
腰に差している剣に手をかけ、何があっても対処できるようにしているようだ。
僕はランチェッタ様と一緒にジュリウスの後をついていく。
ランチェッタ様が動けば、当然周囲を守っていた近衛兵たちも同様に動き始めた。
僕たちが警戒しながら進んでいても小柄なドライアドたちはピョンピョンと跳ねるだけで近づいてこようとはしない。……というか、結界の外に出ようとしていないのかもしれない。海が近いからあんまりここでは活動したくないって青バラちゃんたちが言っていたな。それが理由だろうか。
そんな事を考えている間にも歩き、手を伸ばせばドライアドたちに届きそうな程の距離となった。
ドライアドたちはわさわさと髪の毛を動かしている。
それ見てランチェッタ様は驚いている様子だ。
「本当に自在に動くのね」
「謎だよね、分かる」
ランチェッタ様に相槌を打っていると、ドライアドたちが一斉にぺこりと頭を下げた。
顔を上げた彼女たちはまっすぐに僕を見て、口を開く。
「人間さん、こんにちは!」
「こんちは~」
「はい、こんにちは。ここで何してるの?」
「休んでるの!」
「外はちょっとしんどいのー」
「ここは落ち着くの!」
「土も栄養満点の所もあるんだよ」
「あー、それはたぶんこちらの人間さんの畑だね。ここも人間さんの場所だから、こんな無造作に植物を生やしちゃだめだよ」
「ダメなの?」
「エルフさんたちは好きにしていいって言ってたの!」
「エルフはエルフ、ヒトはヒトなので。ここでゆっくりしたいなら、この人間さんのお願いを聞いてもらえると助かるなぁ。とりあえず、人間さんの畑まで行けるように、道をもう少し広くして貰えるかな?」
「わかったの~」
体は小さいドライアドたちだったが、聞き分けはとてもよかった。
ドライアドたちがおそらく魔法を使ったのだろう。
植物たちが勝手に動いて、細い道が広がった。
「とりあえず、これで畑には行けるようになったかな?」
「そうね。このくらいの広さがあればドライアドたちが育てている植物に危害を加える事はないわね」
「人間さんのお願いは聞いてあげたの!」
「だから次は私たちのお願いを聞いて欲しいの!」
「ぎぶあんどていく、なの~」
「まあ、何となく察してるけど、とりあえず聞こうか」
「フソーちゃんを助けて欲しいの~」
「海の向こうまで来てほしいの!」
「お願いなの~」
フソーちゃん……ねぇ。
どこの世界樹さんだろうか……。
まあ、ファマ様の信仰を広めるためにやるつもりだけどさ……タイミング的にたぶんあそこだよなぁ。
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