幕間の物語167.ひよっこ魔道具師たちはちょっと心配
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ドラゴニア王国の最南端に広がる不毛の大地に聳え立つ世界樹ファマリーの根元に、二軒の屋敷が建っていた。周囲には畑が広がり、大きさの異なる屋敷以外は近くに住居はない。
大きい方の屋敷は本館と呼ばれていて、異世界転移者であるシズトと、その配偶者たちが住んでいる。
元々は使用人用として用意されていた二階の部屋はまだまだ空き部屋がいくつもあり、ファマリーをぐるりと囲むファマリアという町で暮らしている奴隷たちの中には、いつか私も……と考えている者もいた。
奴隷から配偶者へとなるのはよほどの幸運がなければ普通は難しいのだが、シズトの場合は前例があるため「もしかしたら……」と夢を見てしまうのも仕方のない事だった。
本館の三階の隅っこの部屋を与えられたハーフエルフの少女ノエルも、その前例の内の一人だった。
ノエルは他の元奴隷と違って、魔道具の研究と開発のため、使用人用の二階ではなく三階に部屋を与えられていた。
元奴隷の配偶者たちの中で唯一、奴隷ではなかった者たちと同様に三階の部屋を与えられているという事で、多くの寵愛を受けていると思われていたノエルは、町の奴隷たちに羨望されているとも知らず、今日も部屋に籠っていた。
弟子も加わり、部屋が若干狭くなったように感じるのだが、世間一般の奴隷と比べたら十分な広さだった。
今日もせっせと与えられたノルマをこなしていたのだが、部下として配属されているドワーフの奴隷エルヴィスと、人族の奴隷エイロンはノエルの異変に気付いていた。
お互いにそっと目配せし、それからノエルを見る。
普段であれば鬼気迫る様子でノルマをこなしている彼女だったが、最近はため息を吐きながら取り組む事が多かった。
エイロンは、隣で特殊なペンとインクを使って布に魔法陣を描いているエルヴィスにこそっと話しかけた。
「今日はいつにもましてため息多いな」
「そうだなっ。エイロンがダメダメ過ぎてため息を吐きたくなる気持ちもわかるけどなっ」
「いや、俺最近ノルマこなす事できるようになってるんですけど!?」
「アタイは夕暮れ前にはしっかり終える事ができているからなっ。それと比べたら微妙なんじゃないかっ?」
エルヴィスは小さな手を器用に使って細かな作業を行う事が得意だった。
種族の差を埋める事はできず、エイロンは自室に戻って夜遅くまで作業する事が多い。
ノルマを達成しないと恐ろしい事になる、とエイロンは必死で作業をしていたのだが、最近は今のように雑談をするくらいの余裕は出てきていた。
それを注意するのがいつもノエルの役目なのだが――。
「全然注意されないなっ」
「はぁ……」
「タイミング的にエルヴィスに対してため息ついてんじゃね?」
「アタイはエイロンと違って真面目に働いているからそれはないなっ」
「そのゆるぎない自信少し分けて欲しい気がしてくるわ。……ほとんど何も教えてくれてないけど、一応俺たちの師匠だし、ちょっと悩みの解決に一肌脱いでやるか」
「余計な事をしてるとノルマが終わらないぞっ?」
エルヴィスの制止を振り切り、エイロンは立ち上がるとノエルに近づいて行く。
だが、ノエルは全く気付いた様子もなくせっせと魔法陣を描いていた。
その速さと正確性はエルヴィスですら見惚れるものだった。
だが、ノエルは浮かない表情のまま再びため息をついた。
エイロンはノエルの目の前に立つと、深呼吸をした後話しかけた。
「ノエル様、何か悩み事か? 俺でよかったら相談相手になってやってもいいけど?」
「………」
「完全にスルーされてるなっ」
「うっせーなぁ、めちゃくちゃ集中してるんだよきっと!」
ケラケラと笑うエルヴィスをきっとにらんだ後、懲りずにエイロンは話しかけた。
今度はノエルの背後に回り込み、その華奢な肩をトントンと叩きながらだ。
「ノエル様、何か悩みがあるならこのエイロンに是非打ち明けてみたらどうっすか? これでも奴隷になる前はいろんな女性のお悩み聞いてたんだぜ?」
「いろんな女性に手を出した結果、奴隷になったんだよなっ」
「それは今関係ないだろ!」
肩を叩かれれば流石のノエルも話しかけられた事に気付いた様子だ。
だが、ワンテンポ遅れての反応だった。
「……エイロンに相談しても意味ないっす。さっさとノルマをこなすっすよ」
「いやいやいやいや。相談してみないと分からないって~」
「相談しなくても分かり切ってるから言ってるっす。女とヤる事しか考えてないエイロンに話しても意味ないっす。さっさとノルマをこなすっすよ。それが巡り巡ってボクの悩みの解決の助けになるかもしれないっす。それとも……ノルマに余裕が出てきたんすか? ボクのノルマ肩代わりするっすか?」
「さーって、仕事に戻ろうかなぁー」
振り返ってさっさと離れていくエイロンの背中を見て、ノエルは今日で一番大きなため息を吐くのだった。
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