幕間の物語165.賢者はありがたみを感じた
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海洋国家ガレオールと獣人の国アクスファースの間には砂漠が広がっている。
魔力の影響で昼夜の寒暖差が激しいその土地は、魔物たちの領域だ。
そんな過酷な地をサクサクと進んでいる三人の旅人がいた。
砂漠を歩いているとは思えないくらい荷物が少ないその三人組は、揃いのコートを着ていた。
その足取りは軽く、誰も汗をかいていない。
先頭を進むのは髪を金色に染めている少年金田陽太だ。
一振りの剣を抜き放ち、砂の中から襲い掛かってくる魔物たちを切り捨てていく。
その後ろをついて歩くのは茶木姫花と黒川明だ。
「ちょっと陽太! 死骸をまき散らさないでよ!」
「うっせーなぁ。魔石さえ無事だったら問題ねぇだろ。こんな低ランクの魔物の素材なんてたかが知れてるだろうが」
「塵も積もれば山となる、ですよ。ほら、姫花。文句を言ってないで拾うの手伝ってください」
「はぁ……」
姫花はため息を吐きつつも、明と一緒に魔物の死骸から魔石を取り出すと、アイテムバッグに入れた。
「時間経過のないアイテムバッグがあれば砂漠を越えてからまとめて処理しても良かったんですけどね。取り出した時に腐った死骸が出てくるのはもう嫌です」
「そういう魔道具、あいつなら持ってるんじゃない?」
「どうでしょうね。持っていたとしても、僕たちの手持ちのお金じゃまず間違いなく買えない代物でしょうけど……今度会った時にでも聞いてみましょうか。……陽太、大物が来たようですよ」
明が注意を促してから数秒後、砂の中から一際大きな魔物が現われた。
大きなミミズのようなその姿から『サンドワーム』と名付けられた魔物の上位種『タイラントサンドワーム』だった。
その巨大さに怯む事なく、陽太は駆け出した。
大きな口を開き、いくつもの牙を剥き出しにしたタイラントサンドワームが陽太めがけて突撃してくるが、魔物よりも陽太の方が速かった。
陽太は一瞬で距離を詰めると、地面から露出しているタイラントサンドワームの胴体を一刀両断した。
明らかに陽太の剣よりも太い胴体だったが、魔力が陽太の持つ剣の刀身を覆った。
数倍の大きさとなった青白く光る剣がタイラントサンドワームの体をいともたやすく切り裂く。
胴体と切り離された上部は、体液やらをまき散らしながら先程まで陽太がいた部分に落ちると、勢い余って明たちの方へと転がっていく。
だが、二人に当たる事はなかった。
身体強化した姫花が、魔力をその身に纏い、明を抱えて跳躍していた。
姫花は危なげもなく着地すると、陽太を睨んだ。
「ちょっと、危ないでしょ!」
「あのくらい避ける事できるだろ」
「できるけど、極力魔力を温存したいの! アンタたちが安心して眠る事ができるのは姫花の魔法のおかげでしょ!」
「姫花が対応しなくても明が何とかしてたからいいだろ?」
「よくなーい!」
「僕も転移魔法のために魔力を温存しておく必要がありますから」
「だったら俺も夜の見張りのために体力温存しなきゃいけねぇだろ」
「それは交代でやってるじゃないですか。ほら、もういいからさっさと魔石を回収しましょう。Bランクの魔石は流石に放っておくのは勿体ないですよ」
ムスッとしている陽太を放っておいて、転がっていった頭の部分に向かう明の後を姫花がついて行く。
「魔石以外は要らないんだっけ」
「ええ。肉はまずいらしいですし、放っておきましょう」
タイラントサンドワームは図体がでかく、表皮も固く、砂の中を移動するため魔法も当てづらい上に、魔石以外価値がないため冒険者からは人気のない魔物だった。
だが、これまでの冒険で力をつけてきた彼らにとっては簡単に狩れる相手になっていた。
明は死骸の解体を始める前に魔法で表皮に無数の切れ込みを入れ、それから宙に浮かした。
姫花は周囲に魔法障壁を張り、解体作業に集中できるように準備をしている。
陽太はそんな二人を見ながら、周囲の警戒をしていた。
だが、襲ってくる魔物は一通り倒してしまったからか、他の魔物が襲ってくる気配なかった。
「タイラントサンドワームって、Bランクの癖に大した事ないんだな」
「単純な力で言うとCランク以下の魔物でしょうけど、砂漠に生息しているからこそこのランクでしょうね。表皮は固いですが、攻撃方法は大きな口で噛みついて来るだけですし。ただ、厄介なのは体液が強力な酸という事でしょうか。固い表皮を至近距離で切り裂いたらその体液で武器がダメになる事がよくあるそうです。体液を一通り絞り出しても残っている事は多々ありますから気を付けてくださいね、姫花」
「分かってるわよ」
「あと、適温コートは脱いでください」
「え~~~、姫花暑いの無理なんですけど~~~」
「万が一、酸で溶けても知らないですよ」
体液がしたたり落ちなくなったのを確認した明は、死骸を下ろして自身が着ていた適温コートを脱いだ。
強烈な暑さが明を襲うが、彼が杖を一振りすると周囲の気温が一気に下がる。
「明だけずるい!」
「分かりましたよ」
二人の周囲の空気が冷やされたおかげで汗をかく事もなくテキパキと解体は進んだ。
解体をしながら、明は「Bランクの魔物を簡単に倒す事ができた理由は他にもあります」と話を戻した。
「普通であれば、砂漠の気候で体力を消耗しているはずなんですよね。それに大荷物を抱えて移動もしなきゃいけないのが普通ですし、水もなくならないように気を付けながら進まなきゃいけない。途中のオアシスで魔物に怯えながら給水をする必要もありませんし、水場にいる多くの魔物との無駄な戦闘も避ける事ができている。……考えれば考えるほど、静人の魔道具に助けられてますね」
「まあ、確かに? コートのおかげで暑い思いも寒い思いもしなくて済んでるしね」
納得している様子の姫花が明の発言に同意したが、陽太はそっぽを向いていた。
「だとしても、魔物をやっつけたのは俺じゃねぇか」
「陽太だけの力だと思うのは勝手ですけど、くれぐれも静人に余計な事をしないでくださいね」
「わーってるよ、うっせぇなぁ」
本当に分かっているんでしょうか、という不安は口に出さず、明は解体作業を続けた。
結局、解体作業が終わるまで魔物の襲撃はなく、陽太はストレス発散ができず、砂丘に向けて斬撃を飛ばしながら歩いていた。
その影響で魔物が逃げているようだったが、明は「襲われるよりはましか」と注意せずに黙ってついて行くのだった。
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