幕間の物語163.面倒臭がりはやる事がなかった
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シズトがドーラと泡アートをせっせと作っている頃、ニホン連合の内の一国『カガワ』に訪れていたクーは、馬車の中に置いてあるベッドの上ですやすやと寝息を立てていた。
その馬車の外では、交代で見張りをしているエルフが数人いる。
彼女らの馬車が停まっているのは、カガワの国の首都で一番と謳われている高級旅館だった。
当然、旅館を警備している者たちも敷地内にはいるのだが、いつもよりも数が多く厳重警戒態勢だった。
そんな状況で襲撃してくる者はいないだろう、などと油断した様子の者は一人もいない。
馬車の中ですやすやと寝息を立てていたクーもそうだった。
何かに気付いた様子でパチッと目を覚ましたクーは、寝転がったまま体を伸ばすと、ゆっくりと起き上がった。
「……やっと仕掛けてくる気になったのかなー」
空間魔法の使い手であるクーは、旅館の周囲に何者かが潜んでいる事を察知していた。
相手が手を出して来なかったため「面倒」と放置していたクーだったが、彼らに加えて、数人の小集団が四方からそれぞれ旅館に近づいて来ている気配を感じ取り、やっと動く気になったようだ。
ぶかぶかのシャツを着た彼女は、体を起こしてベッドから出ると、ペタペタと足音を立てながらはだしのまま馬車の扉を開けて外に出た。
外では周囲の警戒をしていたエルフが一人だけいた。先程までいたエルフたちは周囲の警戒をしたり、旅館にいる者たちを呼びに行ったりしているようだ。
「クー様、馬車の中にお戻りください」
「エタエタに指図される筋合いはないしー」
エタエタと呼ばれたエルフの女性ジュリエッタはため息をついた。
何を言っても無駄だと、これまでの関わりで嫌というほど知っているからだ。
今日も夜の散歩とやらに出かけるのであろう。が、それを今されるとジュリエッタは困る。とても困る。
ジュリエッタはクーの前に立ち塞がった。
「今日は本当にダメです。正体不明の者たちがこちらに近づいて来ているので、万が一に備えて馬車にお戻りください」
ジュリエッタが両手を広げて通せんぼをしていたが、クーは彼女をチラッと見ただけで、次の瞬間にはその場から消えてしまった。
彼女は旅館の屋根の上に転移すると、周囲を睥睨した。
月は雲に隠れ、夜の闇が街を包み、常人には何も見えない。
だが、ホムンクルスである彼女には、住居の屋根の上を飛び回って旅館に向かってきている者たちが見えていた。
四方から迫りくる彼らはそれぞれ十人ほどの集団だった。
闇に溶け込むためか、黒い装束に身を包んだ彼らは、クーに気付かれている事に気付いたようだったが、変わらず旅館に向かってきていた。
「めんどーくさいし、ぜーんぶまとめてポイッてしちゃおうかな」
彼女の小さな体から魔力が溢れだす。
馬車の近くにいたジュリエッタが、その魔力に反応して屋根の上を見上げていた。
旅館からわらわらと出てきたエルフも、クーがなぜか屋根の上にいる事に気が付くと、練り上げられている魔力量に驚きつつも、彼女を守るために屋根の上に上がってきた。
「クー様、早く屋敷へお逃げください!」
「我々も転移陣を使って後を追います」
お面をつけた世界樹の番人たちが口々に帰るように言うが、クーは聞く耳を持たない。
小柄な彼女はエルフたちに囲まれながらも、小さな手を頭上に掲げて魔法を発動しようとした。
だが、魔法が発動される事はなかった。
「………仲間割れ、か?」
エルフの一人が呟いたように、旅館を監視していたのであろう者たちが迫り来る者たちの前に立ち塞がっていた。
雲が切れて月が夜の街と、立ち塞がっていた者たちを照らす。
黒い髪に防具を身に着けた彼らは、四方に一人ずついた。
得物を抜き放っている者もいれば、いつでも抜けるように手をかけて腰を落としている者もいる。
クーが魔法を放つために膨大な魔力を練り上げていたのにも怯むことなく迫ってきていた黒ずくめの集団は、彼らを視認すると一瞬動きが止まった。
その一瞬の動揺を見逃さず、腰に差していた刀に手をかけて構えていた者が目にも止まらぬ速さで彼らに突っ込んだ。
それを合図に、他の方面で臨戦態勢だった者たちも黒ずくめの集団に攻撃を開始した。
二振りの長さの異なる刀を振り回し、華麗に月夜を舞う女性もいれば、身の丈以上の大剣を振り回して力づくで襲撃者たちをぶっ飛ばしている大男もいた。
そんな派手に暴れ回る者たちの中で、片手剣と盾を使って堅実に戦っていた者が一番最初に集団を殲滅し、所定の位置に戻る。
他の方面の様子を気にしているようだが、加勢に加わる様子はない。
クーはその男のすぐ近くに転移した。
「ねー、おじさん。こんな所で何してるの?」
「……お嬢ちゃんたちにもしもの事がないように護衛しているんだよ」
クーが転移してきた瞬間に片手剣を抜き放っていた男が、剣を鞘に収めながら答えた。
その中年の男を、クーはまじまじと見つめる。
黒い髪は動きやすそうに短く切り揃えられている。
黒い目は先程とは打って変わって優しい眼差しに代わっていた。
歳は四十を超えたくらいだろうか。顔の所々に皺がある。
「私たちがいればだいたいの事は大丈夫。お嬢ちゃんは安心してお休み」
「別にあーしは寝る必要ないけど?」
「そうなのか。でも、君に必要なくとも、君を守る彼らには必要なんじゃないかい?」
中年の男が視線を向けた先にはこちらに慌てて向かってきているエルフたちがいた。
それをチラッと見たクーは、小さく「はぁ」と息を吐く。
「かもねー。エタエタたちは弱っちいから。でも、状況が分からないと寝ないんじゃないかなぁ。あんたは誰で、襲ってきてるのは何者なのか、教えてくれるよね?」
中年の男は「ふむ」と少し思考を巡らせている様子だったが、一つ頷くとクーに向き直った。
「カガワの四大将軍が一人、タダシ・カミタカと申します。国主の命により、カガワの地で、君たちにもしもの事が起きないように護衛をしておりました。襲撃してきたのはおそらくカガワと関わりのない、他国の者たちでしょう。捕縛できれば良かったのですが、劣勢と見るや自死してしまった者もいたので確かめようもありませんが……そこは信じていただくしかないですね」
クーは懐から取り出していた扇子で自分を仰ぎながら話を聞いていたが、興味を失ったのか「そう。じゃあ精々クーの代わりに頑張って」と言いたい事だけ言うとまた転移してその場から消えてしまった。
馬車の前に転移した彼女は、扇子を懐にしまうと馬車の中に入る前に足の裏を綺麗に拭い、ベッドに寝転がった。
「んー……今日の事、報告したらお兄ちゃん心配しちゃうかなぁ」
特にエルフたちに被害があったわけでもないし、自分が気を付けていればそれでいいか、とクーは考える事をやめて目を瞑った。
彼女の護衛をしていたジュリエッタたちが馬車の周りに戻ってくる頃には、すやすやと寝息を立てていた。
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