幕間の物語162.代理人は誓いを交わした
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日が昇る前の時間に、目を覚ましたのはジューンというエルフの女性だった。
腰まである緩く波打った金色の髪は所々寝癖で跳ねている。
一糸纏わぬ姿で寝ていた彼女は起き上がると、真っ白な肌が露になった。
そして、隣ですやすやと寝ているシズトに気付いて、慌ててまた布団に包まった。
ジューンが勢いよくベッドに横たわったが、隣の少年は魔道具の影響で起きる事はない。
ジューンはシズトの寝顔を今一度確認してから自分の下着を探し始めた。
「確かぁ、昨日はシズトちゃんがここら辺に置いていたようなぁ……あ、あったぁ」
昨日身に着けていたスケスケの黒いブラジャーとパンツを見つけると、彼女は布団の中でそそくさとそれを身に着けた。
それから用意されていたガウンを羽織ると、一足先に体を綺麗にしておこうとクリーンルームへと移動した。
身綺麗になったところでジューンは再びシズトがすやすや寝ているベッドに戻ってくると、シズトの側に横たわった。
それからシズトの寝顔を見ながらしばらくの間、体をトン、トン、と規則的に叩いていたのだが、時間になるとシズトがパチッと目を覚ます。
「お、おはようございますぅ」
「お、おはよう」
「………」
「………」
目を覚ました後の事を考えていなかったジューンと、何も身に着けていないから起き上がれないシズトはとりあえず挨拶を交わしたが、その後に続く言葉が出て来なかった。
何を言うべきなのかいろいろ考えこんでいたジューンだったが、結局特に思いつく事もなかった。
「え、えっとぉ、そろそろお暇しますねぇ」
「あ、うん、また後でね」
そうしてジューンはシズトの部屋を後にして、自室に戻って服を着替える。
着替えの最中、姿見に映る自分の体型を見て、それから少し頬を赤く染めた。
「……こんなものでもぉ、シズトちゃんには喜んでもらえてよかったわぁ」
独り言のように呟いた彼女は、エルフたちの正装である服を身に纏った。
白を基調とした服で、金色の刺繍が裾から上へ上へと伸びているそれを着ると、食堂へと向かった。
朝食後、ジューンは世界樹ユグドラシルの根元に来ていた。
彼女と一緒に転移してきた世界樹の番人は、周囲を警戒しているようだ。
彼らに守られながら、アイテムバッグを背負ってやってきたジューンを最初に出迎えたのは小さなドライアドたちだ。
転移陣が光ったのに反応して、わらわらとやってきて、エルフたちの周囲をじろじろと見て回る。
「人間さんいないねー」
「ねー」
どうやらシズトがやってきたと思ったようだ。
集まってきたドライアドたちの視線が一斉にエルフたちに向く。
つぶらな瞳でジッと見られているエルフたちは慣れている様子で動じた様子もない。
たくさんの視線がエルフたちのつけているお面や、ジューンの服を行ったり来たりしていた。
「異常なし!」
他の子たちよりも背が高いドライアドがそういうと、小さなドライアドたちが散り散りになっていく。
ジューンは去っていくドライアドの一人を抱き上げると、ドライアドは不思議そうにジューンを見上げた。
「エルフさん?」
「聞きたい事があるんですけどぉ、ちょっと時間を頂けませんかぁ」
「いーよー?」
「世界樹の根元付近で気配を消している魔物がいると思うんですがぁ、今どこら辺にいるか分かりますかぁ?」
「あっちだよー」
小さな指で示された方をエルフたちが同時に見るが、そこには世界樹や草が生い茂っているだけで何もなかった。
だが、しばらくすると地表に露出していた大きな根の向こう側から、ひょこっと鷹の頭が現われた。
真っ白な毛並みに赤い瞳のその鷹の頭は、自分に注目が集まっている事に気付いている様子だ。
一度根元の陰に隠れたが、大きな翼が広がると今度は全体が露になる。
鷹の頭に獅子の胴体を持つその魔物の名はグリフォン。
だが、目の前にいるグリフォンは通常の個体とは異なり全身を覆う毛は穢れなき白色で、鋭い目は血のような真っ赤な色だった。また体格も通常のサイズよりもはるかに大きい。
ジューンを囲むエルフたちが臨戦態勢を取ったが、グリフォンはバサバサとゆっくりと羽ばたいて、彼らから少し離れたところに着地するとジューンを真っすぐに見て首を傾げた。
「お話をしたいのですがぁ、よろしいでしょうかぁ?」
ジューンがそう問いかけると、頭を上下にゆっくり振るグリフォン。
眼光は鋭いが、敵意は全くないようだ。
「昨日はぁ、ありがとうございましたぁ。きっと、気を使って姿を消してくださったんですよねぇ?」
ゆっくりと頭を上下にするグリフォンに向けて、ジューンは言葉を続ける。
「ですがぁ、気配まで消されてしまうとぉ、こちらも警戒せざるを得ないんですぅ。もしかしたら襲ってくるかもしれないってぇ。ほらぁ、狩りをする時ってだいたい気配を消すじゃないですかぁ」
グリフォンはしばし考えこんでいる様子だったが、こくりと頷くように頭を上下に振る。
「シズトくんを気遣ってくれたと思うんですけどぉ、シズトくんは魔力だけじゃなくて気配を感じる事もないのでぇ、体を隠すだけでいいんですぅ。今後はそうして頂けますかぁ?」
こくりと頷いたグリフォンに「良かったですぅ」と微笑むジューン。
「それとぉ、あなたは念話はできないんでしょうかぁ? ……そうなんですねぇ。私たちばかりお願いを聞いてもらうのは申し訳ないのでぇ、こちらの魔道具を使ってお話してくださいませんかぁ?」
ジューンがアイテムバッグから取り出したのは、金色に輝く首飾りだ。
真っ赤な瞳でじっとそれを見ているグリフォンの前で、アダマンタイト製のそれにジューンが魔力を流すと、彼女が口を開いていないのに周囲に声が響く。
『こんな感じでぇ、使えるんですぅ。それ以外の効果は何にもないんですよぉ。着けてみますかぁ?』
グリフォンはじっと魔道具を見ているようだったが、ちょこんと座った。
ジューンは了承を得られたと判断し、グリフォンの元へと近づいていく。
護衛をしていたエルフたちが代わりに行うと言ったが、彼女は「これは私がやるべき事ですからぁ」とやんわりと断った。
「どうですかぁ、使えますかぁ?」
『問題ない』
「それはよかったですぅ。お互いに意思疎通ができるようになったところでぇ、今後について取り決めをしませんかぁ?」
ジューンがアイテムバッグから誓文書を出して、グリフォンの前に並べる。
「取り決めと言っても、最低限シズトちゃんに危害を加えない、という点を守ってくださればあとは自由にここで過ごしてもらって構わないですぅ」
『……いいだろう。だが、他の者に危害を加えてもいいのか?』
「できればやめて欲しいですぅ。でもぉ、誓ってもらうほどの事ではありませんからぁ。それにぃ、最初から私たちに危害を加えるつもりだったらぁ、とっくにしていますよねぇ」
『………』
「という事でぇ、私たちのお願いとしてはそれだけですぅ。それを守ってもらう限り、そちらの要望は極力叶えるようにしますがぁ、何かご希望はありますかぁ?」
『特にない。そもそも、彼に危害を加えないのは当然の事だ。この木の生殺与奪を握っているのは彼だからな。当たり前の事を守るのに、対価はいらん。私はここにいる事ができればそれで十分だ』
「そうですかぁ。分かりましたぁ。じゃあ特に書き加える事はないのでこのまま誓いを交わしましょうかぁ」
そうして、無事にグリフォンと誓いを交わしたジューンは、転移陣を使って屋敷へと戻った。
それからほっと一息つくと、アイテムバッグからもう一組の誓文書を取り出す。
「無事に誓いを交わせてよかったですぅ。次はトネリコですねぇ」
そう言うと彼女は世界樹の番人を連れて、トネリコへと転移するのだった。
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