308.事なかれ主義者は計算を試みた
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世界樹ユグドラシルの世話が終わり、転移陣で帰ろうと木から離れると、グリフォンは先程までいた場所にのそのそと戻っていった。
ドライアドたちが言うには、フェンリルが行うような念話はできないらしいが、こちらのいう事は大体理解しているそうだ。
世界樹は他にもあるらしいし、世界樹の世話をする度にこういう主みたいな魔物と出会う事になるのなら、味方にならなくてもいいからこんな感じで多少譲ってほしいなぁ。
ユグドラシルから世界樹ファマリーの根元に転移すると、仮面をつけたエルフが待っていた。恐らくユグドラシル出身の世界樹の番人だろう。
僕と一緒に転移してきたジュリウスが彼……彼女か? 分からないけど、そのエルフから何か手紙を受け取った。
それに目を通したジュリウスは一瞬目を見開いたけど、すぐに手紙を折りたたんで懐にしまった。
あんまり動じない印象があるジュリウスが僕に分かるくらいの反応を見せた手紙の内容が気になる。
「……どうしたの? なんかあった?」
「都市国家トネリコに、勇者たちが訪れたようです」
「勇者?」
「アキラとヒメカと名乗る人物たちです」
「ああ、そう言えば勇者って呼ばれてたっけ」
っていうか、陽太はどうしたんだろう?
まあ、いいや。それよりも気になる事は二人の目的だ。
「シズト様に面会する事をお求めになっておりますが、いかがなさいますか?」
「……用件って聞いてる?」
「以前助けられたからと、祝いのために品物をわざわざ持ってきたそうです」
「祝い? 祝われるような事……はまあ、婚約とかしてるからそれかなぁ」
んー、そのくらいなら会ってもいいかなぁ。
めんどうな頼み事をされても断ればいいし。
ただ、断った後、実力行使されたら僕じゃどうしようもできないから、ジュリウスには付いて来てもらおう。
あとはレヴィさんにも同席して貰えたら安心なんだけど……。
「伝令を走らせます。お待ちになっている間にお召し替えなされますか?」
「んー、まあ、そうだねぇ。あの二人に会うだけだけど、トネリコに行くなら他のエルフたちの目もあるだろうし、それ相応の服着た方が良いよね」
面倒臭いけど、一応『世界樹の使徒様』だもんね、向こうの人たちからしてみれば。
伝令に走った仮面をつけたエルフさんを待つ間に着替えよう。
レヴィさんが来れなかったら魔道具か何か使えばいいや。
そう考えていたけど、着替え終わる頃には全力疾走で戻ってきたらしいレヴィさんが僕の部屋の前にいた。
セシリアさんとドーラさんもちゃんといるので置いてきてはいないらしい。
何かセシリアさんがレヴィさんに「侍女を担いで移動するのは今後おやめください」的な事を言っていた気がするけど、僕が出てきたら何事もなかったような表情でレヴィさんの後ろに控えたので、僕も何も聞かなかった事にした。
「リヴァイさんたちと会ってたのに、急に呼んじゃってごめんね」
「全然問題ないのですわ。ただの雑談に付き合っていただけですわ。お父様たちも、シズトが勇者に会うのなら私は向こうにいた方が良いと送り出してくれたのですわ~」
レヴィさんは加護無しの指輪を指から外し、セシリアさんに渡した。
セシリアさんはそれにどこからか取り出した紐を通して首飾りにすると、レヴィさんの首に着ける。
これで準備万端だ、と言った感じでレヴィさんは僕の手を引いてズンズンと外にある転移陣まで歩いて行った。
トネリコに転移すると、声が大きいエルフの女性リリアーヌさんが僕を出迎えてくれた。
口を大きく開いて何か言おうとしたが、僕の隣に視線を向けて口を閉じた。
そちらに視線を向けると、ジュリウスが何食わぬ顔で立っている。
「彼女の声の大きさに辟易とされている様でしたので」
「辟易……とまではいかないけど、まあ確かに声は大きいよね」
「申し訳ありません……」
しょんぼりと謝られるとちょうどいい声量になるってどうなんだろう。
こそこそ話とか出来なさそうだ。
明たちは、ニホン連合の者たち御用達の高級旅館の一室で待っているようだ。
リリアーヌさんに案内されながらその後をついて行きながら明たちの様子を聞いていると、陽太は元気に街で宿屋を探していたらしい。
高級旅館でいいような気もするけどお金が足りないのかな? とか思ったけど、性的なサービスも提供する場所を探して回っているだけらしい。なかなかこれと決めきれずに街を徘徊しているんだとか。心配して損した。
ただ、仕事と割り切っている相手に手を出すならまだいい……のか?
疑問を感じながらも明たちがいる高級旅館に案内された。
世界樹の素材をふんだんに使って作られたらしいその旅館は、落ち着いた雰囲気がある木造建築の建物だった。
敷地に入ると日本庭園のような物が広がっている。過去の勇者が作り上げ、エルフたちが維持をしているらしい。
確かに前世の雰囲気を感じたいと思った時にここに泊まるといい気もする。
玄関で靴を脱いで用意されていたスリッパに履き替え、リリアーヌさんの案内の下、廊下を進む。
すれ違う従業員たちは着物姿で、なにより全員黒い髪に黒い瞳の人族だった。
ニホン連合出身の者が多いらしいけど、加護持ちは少ないんだとか。モニカのように日本人の血は色濃く受け継いだけれど加護は貰えなかった者たちらしい。
「綺麗な衣装ですわね。シズトはああいうのが好みなのですわ?」
「んー、普段は別にああいうのじゃなくてもいいけど、女の子の振り袖姿とか見て見たかったなぁ、とは思うよ」
成人式を迎える前に死んじゃったから見る機会がなく終わってしまった。
まあ、式に出席できたとしても女性の服装をじろじろと見る事なんてできなかっただろうけど。
レヴィさんと手を繋ぎながら廊下を歩き続け、奥の方の部屋まで案内された。
リリアーヌさんが僕たちの方を向き、彼女にしては小さな声で「こちらでお待ちです」と教えてくれた。
レヴィさんを見ると鼻息荒くやる気満々だ。喧嘩をしに来たわけじゃないんだけどなぁ。
ジュリウスと、レヴィさんの護衛としてついて来ていたドーラさんを見ると二人ともこくりと頷いたので、リリアーヌさんに扉を開けてもらった。
最初に入ったのはジュリウスとドーラさんだ。その後に続く。
部屋は畳の間だった。スリッパを脱いで中に入ると、明と姫花が立って待っていた。
二人とも変わった様子はない。久しぶりだけど短期間で劇的に変化してたらそれはそれでびっくりだけど。
黒い髪が少し伸びて、より女っぽい見た目になった明が歩み寄ってきて、手を差し出してきた。
久しぶりに会った程度で握手なんて日本じゃしないんだけど、明もいろいろ経験してこの世界に染まってきたんだなぁ、と思いつつ握手をする。
「久しぶりですね、シズト。元気にしてましたか?」
「特に病気にかかる事もなく元気にしてたよ。まあ、病気になっても世界樹があるから大概なんとかなるだろうけど。わざわざ会いに来るなんてどうしたの?」
「用件は伝わってなかったのですか? お祝いに来たんですよ」
「お祝いとお礼とは聞いてるけど……お礼はまあ分かるけど、お祝いって婚約の事?」
「いえ、違います。シズトの性格からしてまだ先だと思っていたので驚きはしましたけどね」
じゃあお祝いって何さ、と首を傾げると同時に、レヴィさんが「え!?」とびっくりした様子で声をあげた。
僕と明、それから黙って大人しくしていた姫花の視線が彼女に向かう。
「シズト、もうすぐ誕生日なのですわ!?」
「……そうだっけ?」
そうだったかも……?
この世界って微妙に一年の日数が違うからあれだけど……そうだったかもしれない。
最後までお読みいただきありがとうございます。




