303.事なかれ主義者は不安になる
ランチェッタ様を案内した翌朝。
目を覚ますと褐色肌の女の子が僕の隣で横になっていたから焦ったけど、髪の色も体格も違った。
短く切り揃えられた白い髪の女の子は、僕が起きた事に気付いたのかパチッと目を開く。
黄色い瞳が僕を捉えているが、起きる気配はない。
「ユキ、着替えたいから出てって」
「んー……私は別に目の前で着替えてもらってもいいわよ、ご主人様」
「僕が気にするの」
裾が短いキャミソールを着た彼女をあまりじろじろ見ないようにしながら部屋から押し出して、さっさと着替える。
部屋の外に出ると既に今日の世話係のレヴィさんとセシリアさんがいたけれど、二人とも朝の挨拶をしただけだ。僕が急いでいるのを分かっているのだろう。
食堂で朝ご飯を手早く食べて、屋敷の外に出ると既に僕を待っている人がいた。
褐色肌のメイドさんを連れたガレオールの女王陛下ランチェッタ様だ。
本当は今頃ガレオールに帰っている予定だったが、昨日だけでは予定の半分も案内する事ができなかったので、もう数日ファマリアに滞在し、一緒に見て回る事になった。
ランチェッタ様は今日も丸眼鏡をかけていて、大きな目をぱっちりと開き、灰色の瞳で僕を真っすぐに見ている。
「おはよう、シズト殿」
「おはようございます、ランチェッタ様」
「敬語は不要よ。それより、今日は世界樹ファマリーの世話をするんだったわよね?」
「そうだけど、本当に来たんだね。朝早く大変だったんじゃない?」
「別に大した事ないわ」
世界樹トネリコのお世話がローテーションで大丈夫と青バラちゃんたちにお墨付きをもらったので、今日から順番に世話をする事にしたんだけど、その話をしたらランチェッタ様がみてみたい、と言い出した。
特に見て面白い物ではないと思うんだけど、別に見られて困るものではないので了承して今に至る。
僕が迎えに行こうと思っていたんだけど、二人は無事ドライアドたちに覚えて貰えたようだ。
近くのドライアドたちがジロジロと物珍しそうに二人を見ているけど、その程度だ。
その様子をじっと見ていると僕と視線が合って……あ、こっちに来た。
はいはい、一列に並んでジュリウスが持ってるアイテムバッグに入れてねー。
ドライアドたちが全員アイテムバッグの中に収穫物を入れ終わるまで待つ。
フェンリルもいるしドライアドもいるけど、護衛からあまり離れない方が良いだろうから。
ボーッと待っていると、いつの間にか隣に立っていたランチェッタ様が手を握ってきた。
そちらに視線を向けると、何か問題でも? ときょとんとした様子のランチェッタ様が見上げてくる。
……まあ、昨日もしたし今更か。
柔らかいその手の温もりを感じながらのんびり待っていると、ドライアドたちは全員持ってきた収穫物をアイテムバッグに入れ終わった様で散り散りに去っていく。
それを見てランチェッタ様が僕の手をニギニギしながら問いかけてきた。
「収穫物はシズトだけに渡してくるの?」
「いや、そうでもないみたいだよ。時々他の人たちが貰ってるらしいし」
「誰彼構わず渡す、という感じでもなさそうだし仲間と認めた存在だけに渡すとかそういう感じなのかしら」
「ドライアドたち同士では作物の交換してないから違うんじゃないかなぁ」
「謎ね」
「うん、謎。まあ、今の所問題はあまり起きてないからいいかなって」
さて、ジュリウスも僕の近くに控えている事だし、世界樹の根元に行きますか。
のんびりゆっくり歩いていたんだけど、それ以上にランチェッタ様の歩みがだんだんと遅くなっていった。
どうしたんだろう? と思って振り返ると、ランチェッタ様もディアーヌさんも、視線が同じ方向に向いていた。
その視線を辿っていくと……ああ、毛玉……じゃなかった。フェンリルが気になるのか。
「……あそこにいるのは、魔物よね?」
「そうだよ。フェンリルだね」
「フェンリル!? アレが!?」
うん、丸まってただの毛玉のように見えるのがフェンリルだよ。
ドライアドたちが手入れをしているのかとても毛並みが良くて、真っ白い毛が木漏れ日に当たっていて神々しさすら感じるような気もするけど、普通のフェンリルだよ。……他のフェンリル見た事ないから分かんないけど。
「こっちが何もしなければ向こうも何もしてこないよ。でも、あんまり近づくのはしんどいかな……ここで加護を使うからちょっと待ってて」
「…………分かったわ」
間が気になるけど了承を頂けたので、サクッと加護を使う。
……うん、安定の半分以上持ってかれたわ。心なしか以前よりも割合増えてないっすか?
魔力総量は増え続けているはずなんだけどなぁ。
最後までお読みいただきありがとうございます。




