幕間の物語148.若き女王は夢想した
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大陸の南西部にある海洋国家ガレオールの女王ランチェッタ・ディ・ガレオールは、統治している国から遠く離れた異国の町を訪れていた。
彼女を招待したのは、その町の所有者である異世界からの転移者シズトだ。
当初は一日だけ、と彼は考えていたようだったが、計画に無理があったのか、予定の半分も案内する事ができずに一日が終わった。
困った様に眉を下げ「ランチェッタ様さえ問題なければ、明日も町を見て回る?」とシズトが問いかけたが、ランチェッタの答えは聞かれる前から決まっていた。
「スケジュールに余裕を持たせておいて正解だったわ」
「そうですね。シズト様のお屋敷に泊まる事はできず残念でしたが、町に滞在する事を許されたのは良かったです」
世界樹ファマリーを中心に拡がり続けている町の南に建てられ、ほとんど使われていなかった迎賓館の一室で、ランチェッタは寛いでいた。
建物の中に併設されていた大浴場を貸切状態で満喫した後、割り当てられた部屋に戻り、バスローブ姿でソファーに腰かけている。
彼女の短い灰色の髪を側付きの侍女であるディアーヌが丁寧に乾かしていた。
ディアーヌの手には部屋に置かれていた魔道具『ドライヤー』がある。
髪が乾かされている様子を姿見を使って見ていたランチェッタはため息をついた。
「はぁ……この町には当たり前のように魔道具で溢れているわね。ついついあれもこれもと見ている間に一日が過ぎてしまったわ」
「シズト様には申し訳ありませんが、ランチェッタ様が目移りしてしまうのも仕方のない事かと思います」
「まあ、そのおかげで明日もシズト殿と会えるのは嬉しいけど……本当は仲を深めるために来てたはずなのに、どうしてああなったのかしらね」
商売に繋がりそうな物を知ると、それを確かめずにはいられない性分の自分がこの時ばかりは恨めしいと、ランチェッタは感じていた。ただ、きっと明日も同じような事になるだろう。
ため息をもう一度ついたランチェッタの様子を見て、「大丈夫ですよ」と安心させるように微笑んだ。
「少なくとも、多少はランチェッタ様を意識させる事ができています。お近くで見てると、シズト様はランチェッタ様の体だけではなく、お顔も良く見ていらっしゃいました。露出が少ない服にして正解でしたし、なにより眼鏡が効いていると思います」
「そうかしら?」
ランチェッタは不思議そうに首を傾げる。
鏡に映る眼鏡をかけた自分をじっと見てみるが、彼女には良さがよく分からなかった。
「ランチェッタ様は眼鏡をされていない時は眉間に皺が寄ってしまいますから、きつい印象を持たれていたかもしれません」
「……まあ、そうね。よく見ようとして目を細める事もあるから目つきも悪い事は自覚しているわ」
「ですが! 眼鏡をかける事でその皺もなくなり、お優しい眼差しになるのです。過去の勇者様も『ギャップ萌え』というものについて熱く語る方もいらっしゃったそうですし、これは得点が高いと見ました!」
「……ディアーヌ、ちょっとテンション高くないかしら? ワインか何か飲んだかしら?」
「飲んでません。シラフです」
「……そう」
興奮した様子で熱弁していた侍女が急に真顔になって、ランチェッタは何も言えずただ一言だけ返した。
髪を乾かし終わったようで、ディアーヌが元の場所に魔道具を置く。
「……それにしても、迎賓館とはいえ、魔道具を無防備に置きすぎですね」
「そうね。泊っているのが私たちだけとはいえ、賊が入ったら結構な損害なんじゃないかしら」
「照明に、先程の髪を乾かすためだけの物、簡単に紅茶を淹れる事ができるティーポットなどなど。……それに加えて扉は勝手に開きましたし……」
「アレには驚いたわね」
「脱衣所にはマッサージ機とやらが置いてありましたけど……」
「試験的に作ったからまだ使わない方が良いって止められたものね。完成したら試してみたいわ」
「お風呂場も全部魔道具だそうですよ。あれだけいろいろな種類のお風呂を、誰も使っていなかったこの屋敷にまで用意したのは流石勇者と同じ世界からいらした方だなと少し呆れてしまいました」
「そういう割に、貴女も楽しんでいたじゃない」
「それはランチェッタ様が意見を聞かせて欲しいと仰ったからです」
「まあそういう事にしといてあげるわ」
ランチェッタはソファーから立ち上がるとベッドへと向かった。
室内履き用のスリッパを履いているが、彼女の小さい足には大きかったのか、歩く度にぺたぺたと音が鳴る。
ベッドは彼女がいつも使っている物よりも少し小さかったが、ベッドのすぐ近くの小さな机には魔道具化されたランプが置かれていて、暖色系の光を発していた。
他にも魔法陣が刻まれた呼び鈴のような物も置かれている。呼び鈴を鳴らせば館で控えている使用人がすぐにやってくるとの事で置かれていた。
ふかふかの枕に頭を乗せ、横向きになると窓の外には外灯によってぼんやりと照らされた世界樹ファマリーが見える。
どこまでも果てしなく続く水平線を見ながら泥のように眠っている日常とは違い、時間がゆっくりと流れているように感じた。
いつか自分もあの木の近くで寝泊まりする事になるだろうか、と想像しながら彼女は眠りについた。
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