幕間の物語147.猫耳少女は猫の手も借りたい
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ドラゴニア王国有数のダンジョン都市ドランで、中ランク冒険者をメインターゲットとして営業している『猫の目の宿』の店主の娘ランはお客さんだった黒髪の少年がいなくなってからいつも通りの毎日に退屈を感じていた。
朝突然甲高い音が鳴り響く事もなく、扉が壊されてこじ開けられる事もない。
悩み事を相談しても新しい魔道具をプレゼントされる事もない。
同じような固定客ばかりが訪れては去っていく日常に物足りなさを感じていた。
そうなってしまったのは間違いなく、以前宿泊していたシズトという少年の影響だった。
だから、彼が町を作ったと聞いた時には驚いたし、その町で料理大会が開かれると聞いた時には真っ先に反応した。
ただ、それを両親に見せても微妙な反応だった。
ムキムキマッチョの父親ライルは、料理をしている事もあって娘を見ようともしなかった。
「別に参加する必要ねぇだろ。既存客に加えてギルドからの紹介で問題なくやっていけてるだろ?」
「そうですね。それに、お昼はランチで忙しいですから」
大きな胸にほんわかした雰囲気が男性客に人気の母親ルンも、困った様に笑いながら娘の頭を撫で、それから仕事に戻っていった。
ランは膨れっ面で母親を見送り、父親に視線を戻す。
「十位以内に入ったら新規出店できるんだよー! 建物もお願いした通り作ってくれるってー!」
「俺はこの宿で満足してっから別に必要ねぇよ」
「世界樹の近くにある町で行われるからー、美味しいご飯を知ってもらったらー、いろんな人が来て宣伝になるよー!」
「だから、現状客に困ってねぇからいらねぇって」
取り付く島もない父親の背中を見て、プルプルと震えだす。彼女から生えている黒色の猫のような尻尾も、ぶわっと逆立っていた。
こうなったらもう彼女がやるべき事は一つだけ。
「でーたーいーでーたーいーでーたーいーでーたーいーでーたーいーでーたーいーでーたーいー!!!」
恥も外聞も捨て、調理場の出入り口でひたすら駄々を捏ねるのだった。
それを見かねた両親は娘がいなくても仕事が回るので自由にさせた。
自由になった彼女はまず、一人じゃ無理だと判断して、近所の仲のいい男の子を捕まえた。
名前をキース。紫色の髪は男の子にしては長く伸ばされていて、前髪で両目が隠れてしまっている。
華奢で背も小さい彼はいつもを女みたいだと揶揄われていたが、その現場をランが見つけて、揶揄っていた子も揶揄われていたキースとも仲良くなって、時折遊んでいる。
助けてもらったキースは彼女の頼みとあらば断わる事は出来なかった。
あまり頼りたくない家族に頼み込んでファマリアまでランと一緒に移動した。
不毛の大地を通り過ぎる時、馬車の外を見て怖くて震えていたキースを、ランが優しく撫でて安心させ、無事にファマリアに到着すると、彼らを出迎えたのは雲に届きそうなほど巨大な木だ。
「すっごいねー」
「うん、そうだね。……ねえ、ほんとに何も持ってこなくて大丈夫だったの?」
「大丈夫だよー。向こうでぜーんぶ、用意してくれてるってー。必要な物はキースが申込書に書いてくれたんでしょ?」
「う、うん。書いたけど……大丈夫かなぁ。騙されてないかなぁ」
「大丈夫だってー。シズトが作った町なんだからー」
「……それが信用できないんだよ」
ボソッと呟いた彼の言葉を、可愛らしい猫耳で聞き取っていたが、理解する事はできずにランは首を傾げた。
プイッとそっぽを向いてしまったキースがなぜそうなってしまっているのか少し考えたが、それも長くは続かない。
「あー! あれ、シズトがいつも乗ってたやつだー」
「……あの変な浮いてるの?」
道を行き交う浮遊台車に目を奪われたランは、自分も乗ってみたいと何も載せずに押していた女の子に頼み込んで乗せてもらった。
キースは何とも言えない顔で彼女を見ている。
「ほら、キースも一緒に乗ろうよー! きっと楽ちんだよー」
「一緒にって……」
浮遊台車の面積はそう大きくはない。
最近、急にいろいろ大きくなったランだが、確かにまだ小柄なキースが乗るスペースは十分あった。
ただ、果たして一緒に乗った場合いろいろ大丈夫なのだろうか。
そう考えこんでいたキースを無理矢理台車に乗せて、その後ろにランも乗り込んだ。
「お姉ちゃんたち、ギュッてしてないと危ないよ?」
「そうなのー?」
「そうだよー。急にキュッて止まらないと危ない時もあるから。その時きっと前の人、地面に投げ出されちゃうよ」
「へー、そうなんだー」
奴隷の首輪を着けた小柄な女の子に言われるがまま、ランは目の前で膝を抱えて座っていたキースの腰に手を回した。ギュッと抱き着くと、小振りながらも膨らみ始めた少女の胸がキースの背中に押し付けられる。
キースは何も言えずに真っ赤になったが、猫耳少女も小柄な女の子も気にした様子もなく、浮遊台車が動き出す。
どんどん加速していく浮遊台車のおかげで、あっという間に目的地に到着した。
円形闘技場には多くの者たちが押しかけていたが、荷物をたくさん持っている者たちが殆どだった。
彼女たちのように手ぶらで来ているものはほとんどいない。
「やっぱり使い慣れた物の方がよかったんじゃ……」
「使い慣れた物なんてないよー。ランは作り方は知ってるけどー、そんなに作った事ないよー?」
「え、じゃあ誰が作るのさ」
「キースだけどー?」
「……え?」
当たり前のように言ったランの言葉を、キースが理解するのにしばらく時間を要した。
そんな感じの事が色々あって準備期間が終わり、料理大会一般の部が開始された。
早めに到着したおかげで料理の練習をする事ができたのはキースにとって幸いな事だっただろう。
ひそかに料理を練習していたのも功を奏していた。
看板メニューの一つであるオムライスを作るまでには至らなかったが、ポトフは何度も通い詰めた『猫の目の宿』の味を再現する事ができていて、ランも納得の出来だった。
ただ――。
「お客さん、あんまり来ないねー。あっちはあんなにたくさん並んでるのにー」
「……ほとんどが雇われて並んで食べてる奴だと思うよ」
「そうなのー?」
「たくさん食べてもらえばそれでいいからね。流石に買うだけ買って捨てたり他の人に渡していたりしたら見回りの人に追い出されてるみたいだけど」
「あー、だから時々終わってないのに店仕舞いしてるところがあるんだねー」
「僕たちはそういうのを雇ってないから、売り上げや提供した品数は諦めて、審査員の評価で選ばれるのを狙うしかないだろうけど……ポトフだけだと厳しいかもね。あのオムライスを作る事ができたら勇者様の町だし、可能性があったかもしれないけど」
キースがブツブツと呟きながら考え込んでいる所に、噂の人物がやってきた。
黒い髪に黒い目の異世界からの来訪者であり、この町だけではなく不毛の大地の所有者であるシズトだ。
ランの知らない綺麗な女性を二人連れてやってきた彼だったが、残念ながら食事はしていかず、お喋りだけして帰って行った。
ランとしてはまた魔道具を作ると口約束をした事で満足していたが、キースは不満げだった。
ただ、そんな思いもすぐに吹き飛んでしまった。
「シズト様が好きな味だって!」
「楽しみだね~」
「くーださいなー」
「たくさんちょーだい!」
「おじちゃん、ここの料理美味しいんだって」
「ふーん……あ? 猫の目の宿って、ドランにあるあの宿か。確かにあの宿だったら飯にはずれはねーな。久しぶりに食べるか」
大きいのから小さいのまでたくさんの客がどっと押し寄せ、いつの間にか長蛇の列ができていた。
キースはひたすらポトフを作るのに追われ、ランは食材を切りながら接客をする事になりてんやわんやだ。
その様子を見ていた見回りの人が、お手伝い要員として準備していた料理人たちを数人派遣したが、それでも列は日が暮れるまで残り続けたという。
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