幕間の物語140.魔女と子どもと大会荒らし
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ドラゴニア王国の最南端にあるダンジョン都市ドラン。
他国との玄関口としても、多くの人々が訪れては去っていくこの都市の北西の住宅街の中に、隠れるようにあるのが魔道具店サイレンスだ。
ただ、当初の予定とは異なり、知る人ぞ知る店ではなく、皆が知っている店となっていた。
その店のカウンターには、とんがり帽子を被った気だるげな女性、ユキがいた。
ここら辺の地域では見ない褐色の肌に、真っ白な髪の毛、黄色の瞳と一度見た者は忘れそうもない顔立ちの彼女は、今日も自分の務めとして店番をしている。
そんな店に、いつものごとく元気に小さなお客様たちがやってきては、街を走り回って手に入れた情報を伝えていく。
「父ちゃん、昨日帰りが遅くて母ちゃんと喧嘩してた」
「喧嘩の原因は何だったんだい?」
「女遊びに使ったんだって」
「ふーん……どこの店か分かるかい?」
「んーよく分かんない」
「そうかい。じゃあ二日分だね。次」
「国王様がドラン公爵のお家にいたよ!」
「その情報はもう聞いてるから、一日分だねぇ」
「えー、それだけ~?」
「文句があるんだったらもっと情報をよこしな」
「んー……そう言われても遠いからなぁ……。あ、そうだ。最近街の中で変なの回して遊んでる子たちがいるんだよ! 独楽っていうんだってさ」
「それも知ってるわ。次はもっといい情報を集めてきなさい」
情報を貰っては『なくならない飴』と呼ばれている魔道具を子どもたちに渡していくユキ。
しばらくすると子どもたちはまばらになっていき、昼前には誰も来なくなった。
それと入れ替わりで近所のご婦人たちがやってくる。
彼女たちの情報は大した内容じゃない物も多いが、ユキの主人であるシズトが魔道具の参考になるかもしれないからと、だらけた姿勢のまま彼女たちの話を聞いて行く。
その話も聞き終わると、やっと当初の魔道具店らしい物静かな空間になった。
ユキはアイテムバッグから取り出した昼ご飯のサンドイッチを食べながら、空いている手で聞いた内容をまとめられた紙を並べていく。
どうでもいい内容か、重要な内容かを分類し、そこからさらに聞いた事のジャンルごとに細分化する。
ダンジョン産の紙を贅沢にメモ書きとして活用しているユキだったが、扉が開く音に釣られて顔をあげた。
店内に入ってきたのは、ちょっとぼろい服を着た女の子と男の子の兄妹だった。
「あら、今日はもう来ないと思っていたんだけどねぇ。今日はどんな話を持ってきたんだい?」
「いや、今日は噂話じゃねぇよ」
「そうなのかい。じゃあ、こんな所に宿屋で寝泊まりしている子どもが、何の用だい?」
「ミー、くるくるまわるのがほしいの。おかね、いっぱいあるよ!」
「ああ、アレかい。じゃあちょっと待ってるといいさね」
ユキは椅子から立ち上がると、奥に続く扉を開いて中に入って行ってしまった。
残された兄妹はきょろきょろと山積みにされている魔道具を見回していたが、すぐにユキが戻ってきたのでそちらを見た。
彼女が両手で運んできた箱の中には、大小様々で形も不揃いな木の加工物が大量に入っていた。
そのすべてに魔法陣が刻まれている。
「この中にある物だったら銀貨5枚でいいよ」
「街で使われているのを見た事あるけど、ひとつじゃ意味ないんだろ? 二つ買うからちょっとまけてくれよ。これだけ同じような物があるのに表に出されてないってことは、売れてないんじゃねぇの?」
「そういうわけじゃないんだけどねぇ。まあいいさ。二個で銀貨八枚にしよう。ああ、待ちな。これ以上は安くしないよ。別に売れなくても私は困らないからねぇ」
「わーったよ」
少年はさらに値切ろうとしたが、口を開く前にユキに止められて、諦めたようだ。
大事に懐にしまっていた小袋から銀貨を取り出すと、そのままユキに渡す。
ユキは枚数を確認すると、箱を二人の前に押し出した。
「好きな物を二つ選ぶといい」
箱の中を一生懸命覗き込もうとする幼女を少年が抱き上げると、幼女は目を輝かせる。
加工物は大きさも形状も不揃いで、装飾がされてある物もあれば、ほとんどされていないシンプルな物もあった。
目を輝かせ、小さな手を一生懸命に伸ばして中をガサゴソと漁る幼女を見ながら、ユキは口を開く。
「この魔道具を使う上で気をつけなきゃいけない事は、魔道具同士をぶつけ合う時は顔を近づけない事さ。頑丈にするために魔法陣とは別で魔法がかけられているからね」
「ああ、知ってる。この前顔に当たって鼻が大変な事になってた馬鹿がいたから」
「どこにでも同じような事をする人はいるんだねぇ。小さいお嬢さんに当たったら大変だから、くれぐれも気をつける事さね」
「んな事言われなくてもわーってるよ」
二人の会話を気にした様子もなく箱の中を漁っていた幼女が気に入ったのは、装飾が何もされていない普通の独楽だった。
「折角買うんだからそっちのキラキラなやつ買えよ」
「これがいいの!」
「お目が高いねぇ」
「どこがだよ」
「他の独楽と作者が違うんだよ。それともう一つだけ、ここの店主が作った魔道具が眠っているのさ。店主は改良した物を持っているから型落ち品なのさ」
「ふーん……どうせならその改良した物を入れてくれればいいのに」
「それを買いたいなら、今の十数倍の金を出してもらわないといけないねぇ。ゴブリンくらいなら簡単に倒せる代物だから」
「……やっぱやめとくわ」
「それがいい。路地裏で兄妹仲良く遊ぶには、過ぎたる物だからねぇ」
「おにいのこれ!」
「おや、これまたお目が高いねぇ」
幼女の手には全体的に青く塗装された独楽が握られていた。黒い塗料で渦巻き模様が上面に描かれているそれを高らかに掲げているのを、ユキは目を丸くして見る。
これは偶然なのか、それとも彼女には何かしらの力があるのか。
いずれにしても彼女の主人が作った物を無数にある独楽の中から見つけ出した幼女に、お祝いとして独楽を戦わせて遊ぶための土台もプレゼントした。
それからしばらくして、街の中で開かれる独楽大会を荒らして回る幼女が話題になったが、そりゃそうでしょう、とユキは聞き流した。
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