幕間の物語133.代理人は慣れている
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ドラゴニア王国の最南端に広がる不毛な大地に聳え立つ世界樹ファマリー。
その根本には畑が広がっており、季節感なくバラバラに育っているところもあれば、しっかりと種類ごとに分けられて育てられている場所もある。
周りをぐるりと囲む町まで畑は延々と続いているが、その途中でポツンと大きな屋敷が二軒寄り添うように建てられていた。この土地の所有者であるシズトと、その世話をする者たが暮らしている屋敷である。
大きい方の屋敷に住んでいるジューンは、都市国家トネリコで生贄に捧げられた少女リーヴィアを連れて食堂を出ると、脱衣所に向かって歩いていた。
同じエルフだから懐いたのかもしれないが、ジューンは自然な流れでリーヴィアの手を引いている。リーヴィアも抵抗せずにトコトコとついて歩いていた。
「こっちがお風呂ですよぉ。と~っても大きくてぇ、いろんなお風呂があるんですよぉ~」
「……お風呂」
「リーヴィアちゃんも女の子ですからぁ、髪も体も綺麗になりましょうねぇ」
表情が強張り、足が止まってしまったリーヴィアを優しく抱きしめて頭を撫でながらジューンは言い聞かせるように言った。
リーヴィアの髪を撫でながらジューンは彼女の髪が清潔に保たれている事に気付く。生贄として見栄えは良くしようとしたのだろう。
「…………酷い事、しない?」
「しませんよぉ~。ファマ様に誓いますぅー」
か細い声で問いかけられた事を聞き逃す事はなく、ジューンは普段ののんびりした口調で神に誓った。
その誓いの言葉を聞いたからか、それともジューンの優しい声音と手付きで安心したのか、体の微かな震えが止まった。
ジューンは抱きしめるのをやめて、手を差し出すとリーヴィアがおずおずとその手を握って、再び歩き出す。
一階のエントランスを通り抜け、魔道具化された外灯によってライトアップされた中庭を見ながら廊下を進んでいると、脱衣所に着く。
脱衣所の中は天井がとても高く、風車の羽車ような物が天井から吊り下げられている。
人が入ってきた事を感知すると、羽根車のような物が回り始め、風の流れが生まれた。
リーヴィアは魔力を感じ取ったのか上を見てそれが回るのを目で追っていたが、ジューンに「行きましょうかぁ」と声を掛けられてまた歩き始めた。
ジューンは真っ白なワンピースや下着を脱いで畳むと籠の中に入れる。
子どもの前だからか、体を隠す事もなく堂々としている彼女は未だに服を脱いでいないリーヴィアに声をかける。
「脱いだ物はぁ、この中に入れるんですよぉ~」
「……分かった」
袖なしの白いワンピースを脱ぐと、白い下着が露になる。
恥ずかしそうに頬を染める彼女に、ジューンはタオルを差し出した。
「先に行ってますねぇ。滑りやすいからぁ、走っちゃダメですよぉ」
「……うん、分かった」
ジューンは扉を開けて浴室に入る。
その浴室はとても広く、大勢の使用人が同時に入っても問題ないほどだ。
金色の髪の小柄な少女ドーラと、黒い翼が特徴の翼人のパメラが泡風呂でもこもこの泡を量産して遊んでいるし、水風呂には疲れを取っているのか赤い髪の大柄な女性が二人のんびりしていた。洗い場では自分の白いもふもふの尻尾を大事そうに手入れをしている狐人族のエミリーもいる。
ジューンが入って来た時に水風呂に入っていたラオとルウが視線を向けてきたが、軽く手を挙げただけだったのでジューンも同じようにして挨拶を済ませる。
普段であればすぐに体を洗ってお風呂に入るジューンだったが、しばらく入り口近くで待っていた。
しばらくすると、体にタオルを巻いたリーヴィアが少しだけ扉を開けた。
「準備出来ましたかぁ?」
「……うん」
「それではぁ、説明するのでぇ、ついて来てくださいねー」
浴室に入ってきたリーヴィアは周りの視線を気にしながら歩いていたが、自分に視線を向けている者がいないと気づくと、今度は多種多様な風呂に興味を示した。
「お風呂はぁ、髪と体を洗ってからですよぉ」
「う、うん」
声が若干固くなったリーヴィアだが、素直にジューンの後をついて行く。
エミリーがせっせと尻尾を洗っている隣に置いてあった風呂椅子にリーヴィアを座らせると、ジューンはその後ろに風呂椅子を持ってきてそこに座った。鏡に映った自分をリーヴィアはじっと見る。
「こんなに大きな鏡がたくさんあるのぉ、すごいですよねぇ」
「うん。使徒様のお家みたい」
「そうなんですねぇ。それならぁ、不思議はないのかもしれませんねぇ。シズトちゃんはぁ、使徒様ですからぁ」
なるほど、確かにそうだ、と納得したリーヴィアは鏡越しにジューンを見た。
たれ目で優し気な印象を与える顔立ちの女性が鏡に映っている。緑色の瞳に、金色の髪、尖った耳はどれもエルフのようだが、体型はエルフらしくはない。
ただ、これまで多くのエルフと関わった機会がなかった彼女は、こういうエルフもいるんだな、程度にしか思っていなかった。
ジューンは手慣れた様子でリーヴィアの長い髪の毛を洗い、洗った後にシズトが用意した世界樹の素材を混ぜたトリートメントを髪に馴染ませるようにつける。
その後は体を優しくササッと洗うジューン。
(……殴られたりはぁ、してないみたいねぇ。そうなるとぉ、怯えた様子なのは言葉による暴力から来るものかしらぁ。お風呂を怖がっていたみたいだしぃ、それも何かあるのかもぉ)
洗っている最中にリーヴィアの体をそれとなく観察するジューンは疑問をとりあえず置いておく事にして、泡でもこもこになったリーヴィアの体と、トリートメントを付けた髪を丁寧に洗った。
その後、自分の体も隈なく洗うと、リーヴィアと一緒に立ち、手を繋いで浴槽へと向かう。
「ぼこぼこしてる……沸騰してるの?」
「ちがいますよぉ。よく分からないですけどぉ、こういうお風呂なんだそうですぅ」
ジェットバスに興味を示したリーヴィアだったが結局入らず、ジューンと一緒に打たせ湯が奥で流れている普通のお風呂に入った。
入浴魔石によっていい香りがするお湯を、クンクンと匂いを嗅いだり、泡風呂で遊んで騒いでいるパメラを見たりしていると時間はあっという間に過ぎていく。
のぼせる前に出るようにと促されたリーヴィアは、ジューンと手を繋いで脱衣所へと向かって行く。
「……いろんなお風呂があるのね」
「そうですねぇ。シズト様はお風呂が大好きですからぁ」
「勇者がお風呂好きなのは、本当なのね」
「みたいですねぇ。ここで生活するのならぁ、いろんなお風呂を試してみて好きなお風呂を見つけるのもいいかもしれませんねぇ」
そんな事を話しながら、リーヴィアとジューンは浴室から出て行くのだった。
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