幕間の物語131.借金奴隷は決意した
ドラゴニア王国の最南端に広がる不毛の大地に聳え立つ世界樹ファマリーの根元には、その世界樹を育てている異世界転移者のシズトと、彼の世話をしている者たちの屋敷があった。
本館と別館に分かれて生活をしているが、数人の奴隷はシズトと同じ建物に住んでいる。
同居している奴隷の殆どがシズトに対して好意を抱いており、同じ建物で生活をしている理由が『お手付きされたいから』という理由だが、中には例外もいる。
奴隷たちの中で唯一、三階の一室に部屋を与えられているハーフエルフのノエルもその内の一人だ。
彼女はシズトに対する好意よりも、魔道具を一番に見て、触って、調べたいという探求心や好奇心が一番の動機になっていた。
ノエルの髪はエルフ特有の金色であるが、そのヘアスタイルは波打っている、というよりはボサボサになっており、ちょこんと尖った耳が髪の隙間から顔を覗かせていた。
服もずっと同じものを着ているのかよれよれだ。
人間とエルフの間に生まれた彼女は、人間の血が影響しているのか、エルフと比べると発育が良い方だ。
ただ、最近シズトにできた婚約者たちと比べると胸の大きさもお尻の大きさも下の方になるのだが、そんな事を彼女は気にした事はない。
むしろ、シズトの奴隷になる前の非合法な組織にいた頃は、男と思われるように振舞うために都合がいいな、程度にしか考えていなかった。
そんなノエルは、日がな一日、ずっと魔道具に関わり続けている。
今日も今日とて、朝ご飯を食べた後はせっせとノルマをこなしていた。
彼女の作業机の上には魔石が積まれており、左の山から取った魔石に魔法を込めると、右の山に加える作業を延々としている。
もうすぐお昼、という時間になるまで黙々と取り組んでいたノエルの所に、来訪者が現われた。
ノックをしても返事をしないノエルだが、一応その来訪者たちは部屋の扉をノックした。
「………」
「入るわよ。いるんだったら返事くらいしなさいよ」
「ノエルちゃんはぁ、忙しいんだと思いますー」
「早くノルマを達成したいだけじゃん」
「ノルマが終わったらパメラと遊ぶデスか!?」
ぞろぞろと入ってきたのは、シズトに好意を大なり小なり持っていて、シズトと一つ屋根の下で生活する事を望んだ者たちだった。
床に散乱している魔道具をせっせと片付け始めた狐人族のエミリーは、ボワッと白い尻尾を膨らませて「少しくらい片付けなさいよ」等と文句を言っている。
そんなエミリーのお手伝いをしているのはこの中で唯一奴隷ではなく、シズトの婚約者であるエルフのジューンだ。エルフらしからぬ体型の彼女は、のんびりとした口調でエミリーの文句を宥めていた。
黒髪の少女モニカも話に加わる事はないが、部屋の掃除を始めた。
彼女たち三人はスカートが長いタイプのメイド服を着ているのに対して、元気に室内を飛び回ろうとしている翼人族のパメラと、パメラの首根っこを掴んで止めている狼人族のシンシーラは部屋着という事でラフな格好だった。
パメラは翼人族という事もあり、背中から生えた黒い翼が窮屈にならないよう、背中が大きく開いた特殊な服を着ていた。空を飛び回っても大丈夫なようにホットパンツも履いている。
シンシーラは尻尾が窮屈にならないよう、尻尾が出せるように穴があけられた薄地の寝間着を着ている。昨日の夜は夜間の警護担当だったため、若干眠たそうだ。
「……ぞろぞろと何の用っすか」
「何の用っすか、じゃないわよ! ちゃんと話し合いをするって言っておいたでしょ! そうよね、モニカ」
「はい、確かにお伝えしました。議題は『シズト様にどうやって手を出してもらうか』についてです」
「尻尾でも押し付ければいいと思うっす」
「そうだけど、そうじゃなくて! もっと先に進展したいのよ!」
「であれば、まずは今の立場を捨てるべきっすね」
ノエルは魔石に魔法を付与する作業を止める事無く、エミリーたちに背を向けたまま話し続けている。
一方でエミリーは、部屋を片付けていた手を止めていた。
エミリーの代わりに、シンシーラがノエルに問いかける。
「やっぱりそうなるじゃん?」
「そうなるに決まってるじゃないっすか。シズト様っすよ? 奴隷だからそういう事をさせてくれるんだ、って勝手に納得して手を引っ込めるのが目に見えてるっす」
「そうですね。奴隷としてではなく一人の人として扱おうとする姿には好感は持てますが、奴隷という言葉に囚われている部分もあるように思います」
「奴隷から解放されたら自由に生きていってね、と言いそうっすけど、引き続き働きたいって言ったらそのまますんなりオッケー出してくれると思うっすよ?」
「万が一にもそうならないかが心配なの!」
「じゃあ一生奴隷のまま働けばいいと思うっす。少なくとも、シズト様の側には居れるっす」
ムッとした様子だったエミリーだが、しばらくしてため息を吐き、肩を落とした。
その背中を優しくジューンが撫でている。
一通りの片づけをし終えたモニカが、ふと思いついたように口を開いた。
「であれば、前例を作ってしまえばいいんじゃないでしょうか? 奴隷から解放されたものがそのまま働いていたら後に続きやすいのでは?」
「確かにそうじゃん。でも、誰が先陣を切るじゃん?」
話し合いに飽きたパメラを押さえつけるのを諦めたシンシーラは、パメラの首根っこから手を離し、モニカの方を見る。
パメラは元気よく窓の外に飛び立っていった。
その様子を見送りながら考えていたモニカは、スッとノエルの背中に視線を向けた。
「……ノエルはどうですか? 立場的にまず間違いなく残ることができるかと」
「断固拒否するっす!」
「どうしてでしょうか? 奴隷でなくなればノルマを強制される事もなくなるのでは?」
「そうかもしれないっすけど、それよりも貴族の相手をさせられる可能性がある気がするから嫌っす! 奴隷のままだったら貴族の前に出なくて済むから楽でいいっす」
「なるほど……まあ、魔道具師を出せと言われたら、あなたが行く事になりそうですもんね」
なるほど、と納得した様子の面々を見て、やっぱり自分の懸念は間違っていなかったと確信したノエルは、奴隷から解放してくれと自分からは言わないようにしようと固く決意するのだった。
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