幕間の物語125.そばかすの少女たちはピカピカに磨く
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海洋国家ガレオールは、シズトたちが転移させられた大陸の南西に位置する交易が盛んな国だ。
海沿いに大きな街が多く、北の砂漠や東の魔の森から溢れ出る魔物対策として、遥か昔に作られた外壁が延々と国境沿いに続いている。
西に広がる大海原に点在しているのは大小様々な島だ。
首都に近い海ほど魔物の危険性は低いため、他国の別荘が多い。
辺境に近い島は手付かずか、犯罪奴隷が送られて開拓をしている場所が多かった。
先日、ガレオールを治めるランチェッタ女王からシズトへ贈られた島の一つは首都に近い場所にある。
王家所有のプライベートビーチの一つではあったが、今後のシズトとの関係性を強化するためにシズトに土地ごと与えられた場所だ。
島の中央には少し開けた土地があり、その中心に接待用に建てられた平屋建ての大きな建物がある。
その建物の玄関の前にあるウッドデッキには、鉄の板に『転移』の魔法が付与された転移陣が二つ置かれていた。
動かせないように固定されているその二つの転移陣の近くに人影が一つ。
焦げ茶色の髪を後頭部で一つにまとめて垂らしているその人影は、しゃがみ込んで一生懸命真新しい布で鉄の板を拭いていた。
奴隷という事を示す武骨な首輪を身に着け、袖のないワンピースのような服を着ているのはヘレンという少女だった。
朝日が昇って間もない時間帯に拭き掃除をしていた彼女だったが、二つとも満足いくまで拭き終わったのか、近くにあった桶の中にある水で布を洗う。
布切れをしっかり絞ると、今度は金色に輝く三つの像の元へと歩いて行く。
三柱の金色の像の近くまで歩み寄ると、その像の前で膝をつく。
「お拭きしますね」
ヘレンはそういうと、膝をついた姿勢のまませっせと金色の像を丁寧に拭いていく。
風に飛ばされてついた砂等を拭きとるまでそう時間はかからなかった。
布切れを桶の中に入れると、彼女は像の前でしゃがんだ姿勢のまま、その像を見上げる。
「……やっぱり、何か台座みたいなのを作ってもらった方が良いかなぁ」
見下ろしながら像を拭く事に何となく抵抗を覚えた彼女は、この一週間膝をつきながら像を拭いていた。
多くの神像はだいたい目線よりも上にあるためそう感じるのかもしれない。
「でも、そうなると拭くの大変だしな……」
うーん、と考えたが、答えは思いつかなかったようだ。
彼女は考える事を止めると、像に向かって手を合わせて目を瞑り何事か祈ると、建物の中に戻っていった。
ヘレンが建物に入ってからしばらく経った頃。
太陽がすっかり顔を出して、島を照らしている。
建物の中から、火傷痕の酷い男バークシスと、左腕がない男レスティンが出てきた。
彼らはスタスタと歩いていたが金の像を通り過ぎてしばらくした後、お互いに顔を見合わせる。
「……拭いとくか」
「だな」
二人は腰から下げていた真っ白で綺麗な細長いタオルを手に取ると、その乾いたタオルで金の像を隅々まで一通り拭いた。
お互いがその出来を確認して問題ない事を確認すると、建物を囲っている防風林まで歩いて行き、その姿が見えなくなった。
それからしばらくした後、明るい話し声がだんだんと近づいて来る。
その声の主たちが建物の中から出てきた。
出てきたのは顔や体に傷跡がある少女三人組だった。
「よーし、今日も一日頑張るぞ~」
「ちょっとシンディー、走ると危ないわよ!」
「だいじょーぶでしょ、こけても死にはしないし」
のほほんとそんな事をいう少女レラを呆れた様子で見るのはトーリ。
三人は同郷の出身で、命からがら魔物の襲撃から生き延びた者たちだった。
彼女たちは仲良くお喋りをしながら『除塩杭』と呼ばれる魔道具に魔力を流しては出来上がった塩の塊を取り出して袋に入れていく。
いくつもあるその魔道具全てに魔力を流し終えると、今度は『全自動草刈り機』によって刈られた草を集めていく。
集めている間も楽しそうにお喋りをしていた三人だったが、建物の方から鐘の様な音が鳴り響くと作業を止めて建物へと向かう。
シンディーが元気に駆け、金色の像の前を通り過ぎたが、急ブレーキをかけて像の元へと戻る。
「どうしたの?」
「んー…………ちょっと、汚れてる気がする」
「アダマンタイト製だからだいじょーぶじゃない?」
「……一応拭いとく?」
「うん、拭いとこ~」
「まーいいよー?」
「ちょっと綺麗な布取ってくる~」
先程よりも早く建物の中に駆けていったシンディーが戻ってくるまで二人は手を合わせて三柱の像に祈りを捧げていたが、シンディーが戻ってくると三人で手分けして金色に輝く像を拭いた。
満足した彼女たちは、また賑やかに話しながら建物の中へと消えていく。
それからしばらくして日が暮れ始めた頃。
建物の中から出てきた三人の女性が像の前にやってきた。
三人の中の一人が桶と布を持ってきていて、その布を桶の中に入っていた水で湿らすとせっせと像を拭く。
お盆の上に様々な種類の料理を載せた女性ニアがその様子を見て声をかける。
「コール、急がなくていいわよ」
「やっぱり私もやろうか?」
「いや、今日はアタイの番だから」
そう言うと布を水で湿らせて手早く像を拭くコール。
その後、拭き終わるとアルテナという女性が像の前に箱を置く。
最後にニアが箱の上にお盆を載せる。
それから三人はその場で両膝をつき、手を合わせ、目を瞑った。
すると彼女たちの目の前にあった料理が忽然と姿を消す。
だが目を開けた彼女たちは気にした様子もなく台座を持つとその場を後にした。
彼女らがこの島に住み始めて一週間。
毎日欠かさず磨かれ続けた三柱の像は今日も夕日に照らされて黄金に輝きを放っていた。
全員が毎日像を拭いている事に気付くまで、像はひたすら磨かれ続けるのだった。
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