幕間の物語123.わんちゃんは派遣先で無双する
ガレオールの国内には大小さまざまな島が点在している。
首都に近ければ近いほど海域に魔物が少なく安全が保障されているが、領海の端の方にぽつんとあるような島には魔物が蔓延り、開拓が全く進んでいない所が多々あった。
その一つである『ダンジョン島』と名付けられた島に向かっている魔物が一匹。
夜の闇を切り裂くかのように猛スピード空を駆けているその魔物は手入れが行き届いたふさふさの白い毛を靡かせながら空を蹴り、目的地であるダンジョン島を視認するとその速度を上げ、そのままの速度を維持したまま砂浜へと着弾した。
砂浜にいた無数の魔物が衝撃波で吹き飛ぶ。
島の端の方に追いやられ、海の魔物の存在に怯えて暮らしていたゴブリンたちの肉片がはじけ飛んだ中心地点で、尻尾を一振りして砂煙を吹き飛ばし姿を現したのはフェンリルだった。
『……ダンジョンは、島の中央にあるな。あの小娘が言っていた場所がここか』
周囲を睥睨しながらぼやくように呟いたフェンリルは、ついつい周囲にいる者に念話をする事が癖になっている事に気付いて苦笑する。
長い時を世界樹ユグドラシルの元で暮らしていたフェンリルは、その周囲で暮らしていたドライアドと共生関係を取っていた。
その関係でドライアドとは話をするようにしていたが、今ではヒト種とも念話をする機会が増えていたからだろう。
その事に気付いたフェンリルは、自分の変化に驚きつつも、今の生活に慣れた事もあり直そうとは考えていなかった。
『ダンジョンの外の魔物共は大した事がなさそうだな。他の者に見られないようにと言われておるし、さっさと終わらせるか』
幸いな事に、フェンリルが寝床としている場所とは異なり、周囲一帯がどうなろうと問題ない場所だ。
『小娘も魔物を倒せとしか言っておらんかったしな。……ああ、でも大規模な魔法だと気づかれる恐れはあるのか。……面倒な』
島中を駆け回り、ちまちまと狩りをしなければならないというのは面倒だ。
そう考えたフェンリルだったが、ふと何かに引っかかった様子で首を傾げる。
『……見られないように、とは言われたが気づかれるな、とは言われておらんな? うむ、言われておらん。で、あれば遠目から見て変化がなければいいという訳だ』
ズン、とフェンリルが前足を振り下ろすと、遠くの木々の陰からフェンリルを覗いていたゴブリンの足元の地面が突如として隆起し、とがった先端がゴブリンたちの体を串刺しにした。
『ふむ……弱すぎて死んだか。ゴブリン程度であればこれで済むな。簡単には逃げられんよう、隆起させていくか』
フェンリルが砂浜を駆けだす。
フェンリルが通り過ぎた近くに生えていた木々の陰からゴブリンたちの断末魔が響いた。彼らの足元の地面が突如として隆起し、とがった先端が彼らを串刺しにしていた。
だが、フェンリルは速度を上げてあっという間にぐるりと島を一周すると、隆起した地面を乗り越えて円形上に隆起させた部分の内側に入った。
『一先ずはこんなものか。あとは、遮音結界を張っておけば問題なかろう』
隆起した地面が一瞬光ったが、すぐに元通りになる。
フェンリルはその様子を確認すると満足した様子で頷き、それから木々の合間を縫うように駆け出した。
周囲に風の刃を纏わせ、フェンリルが通った後の木々は切り裂かれ、隠れていた魔物たちがフェンリルから逃げようと内側へと向かって行く。
フェンリルはぐるぐると島内を回りながら徐々に中へ中へと円を狭めていった。
木々の代わりに魔物が切り裂かれるまで、そう時間はかからなかった。
ダンジョンの入り口の前でポツンとお座りをしながら周囲を睥睨していたフェンリルがボソッと呟く。
『これはドライアド共が怒りそうだな』
どこでも増えるゴブリンだけではなく、巨大で醜い容姿をしている二足歩行の豚の魔物であるオーク、二足歩行している犬顔のワーウルフなどの魔物たちの死体と一緒に、倒れた木が周囲一帯に転がっている。
『それにしても臭いな。死体は燃やしてしまった方が良いんだろうが……魔物を倒す事だけを言われておるからやらんでもよいな。……いや、報酬を追加で要求できるか?』
首を傾げて考えていたフェンリルだったが、とりあえず地面の下に埋める事にしたようだ。
大きな穴をいくつも魔法で生み出すと、死体をその穴の中にどんどん風魔法を応用して放り込んでいく。
結局、魔物を退治した時よりも長い時間がかかった後片付けで、フェンリルはもうやりたくないと考えていたが、結果的にはこれが功を奏したようだ。
依頼者であるレヴィアに報告した際に、追加の報酬を手に入れた。
ただ、今後の事も考えて、レヴィアはフェンリルに「ダンジョンの中じゃない限り、死体は放置しないように」と長い時間をかけて説明されるのだった。
フェンリルは世界樹の根元でいつものように丸まりつつ、その長話を退屈そうに聞いていた。
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