幕間の物語118.用心棒は全力を出せない
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獣人の国アクスファースの首都スプリングフィルドに魔道具店サイレンスができて二週間ほどが過ぎた。
サイレンスは、辺鄙な所にあるのにも関わらず、多くの獣人たちが詰めかけていた。
だが、たくさんの者たちがやってくるのに、店内には店主専用のロッキングチェアしかない。
それに揺られながらのんびりとしている体の大きな男がいる。
彼の名はライデン。
店内で怒号が飛び交おうと、気にした様子もなく暢気に揺れている。
「おい、テメェ! 水が出る魔道具はいつになったら入荷するんだ!」
「オイラは知らんよ」
「この前兎人族に売ったの知ってんだぞ!」
「アレは廉価版を作ろうとして、たまたまできた欠陥品だったからなぁ。魔道具師の助手の弟子が作った物だったけど、再現するの無理らしいから一点物だ。再入荷するか分からん。弟子の成長を願うんだなぁ」
「だったら師匠に作らせりゃいいだろ!」
「その師匠は廉価版しか作れんし、今は飛ぶように売れるコートを作るのに手いっぱいだから無理だなぁ。そもそも、弟子は取ってるけどただの魔道具師の助手だからなぁ。お前らが望むような物は作れんだろうよ」
「だったら魔道具師に作るように、テメェが言えばいいだろ!」
「オイラの口からか? そんな事、恐ろしくてできんなぁ。オイラなんかよりよっぽど強いからなぁ」
ボリボリと頭をかくライデンは、人間の中ではとても大きい。二メートル以上の背丈に、どっしりと横にも大きかった。
ただ、ライデンを取り囲む獣人たちにとっては、ライデンくらいの背丈は普通にいる。
だが、集団はライデンの手が届くところに入ろうとしない。
ライデンを中心に何もない不思議な空間が出来上がっていた。
半円状のその場所を避けるように、獣人たちはぎゅうぎゅう詰めで店に収まっていた。どの獣人たちも文句を言いつつも耳が伏せて怯えている様子だ。
それもそのはず、この二週間で下っ端の獣人たちが店に突撃してくると、丁寧に心を折ってから外に放り出していたからだ。
一人でやってきては捨てられ、集団で来ても突き飛ばされ、彼らの心は折れていた。
それでも彼らはやってくる。彼らよりも強い者たちから言われた事はしなければいけない。だからライデンが恐ろしくとも、店に来るしかないのだ。ライデンの方がまだ生きて帰ることができるからマシだ、と考えていた。
それに加え、ライデンは自分に突っかかって来ない限りは手を出さなかった。
自分を守るために力を使いなさい、とシズトに想われて作られた彼は、今の所自衛のためにしか力を振るっていなかったのだ。
だからここ数日、店が開店してお昼休みのために一度店を閉じるまで、こうして獣人の下っ端たちが店に詰めかけては占拠するのが日課になりつつあった。
だが、やってくる者を片っ端からやっつけていると、やってきた者たちよりも強い者がやってくる。
いつもやってきては何も買わずに騒ぐ輩たちを追い出し、昼休憩を取ってから営業を再開してしばらく経った頃、冒険者の様な恰好をした者たちが数人店にやって来て、ライデンを捕えようとした。
「お前も大人しく従ってたら、俺たちの様な高ランクの冒険者様に囲まれる事もなかっただろうに。馬鹿な奴だ」
「冒険者がこんな事をしてもいいのか?」
「いいんだよ。国のお偉いさんからの正式な依頼だからな。下級兵士たちに暴行を働いた店主を捕まえろってな!」
冒険者たちが獣人特有の脚力を活かし、部屋を縦横無尽に駆け抜け、ライデンに切りかかろうとした。
だが、ライデンはそれよりも早く動いて立ち上がり、正面から突っ込んできていた獣人の顔面に右の手の平をぶつける。
「ま、確かに多少は動けるみてぇだけど、誤差だぁな」
顔を守ろうと両腕を顔の前に構えたが、衝撃は受け止めきれず吹っ飛んだリーダー格の男を気にした様子もなく、残りの四人がライデンを襲う。
「頭がぶっとばされても自分の判断で動けるのも、流石なんだろうけどなぁ。全力でやってんのかお前ら?」
獣人たちはライデンの手足を剣で切り裂き、動けなくしようとしたのだろう。だが、青白い魔力のオーラを纏ったライデンの体に少しだけ爪でひっかいたかのような痕が付いただけだった。
「傷つけられたから、やり返してもいいよな?」
脅威を感じない相手だったが、自衛に入るのだろうか。
そんな疑問を感じながらも、ライデンは襲い掛かってきた獣人たちを張り手だけで痛めつけた。
冒険者が立ち上がる度にひたすら張り手を食らわせ続けていたライデンだったが、とうとう誰も立ち上がらなくなった頃、彼らの体をまさぐり、ドッグタグを見つけて嘆息する。
「なんだ、Bランクか。道理で弱い訳だ。悪かったな、弱い者いじめして。飴をやっから、さっさと家に帰ってしゃぶってな」
アイテムバッグの中に手を突っ込み、一人一人の口に魔力マシマシ飴をねじ込むと、外に放り出す。
ドスドスと足音を立てながら歩き、立ち上がった際に倒してしまったロッキングチェアを起こすと、それに腰かける。
ゆらゆらと揺れながら、大きく欠伸をしたライデンは退屈そうな様子でぼやく。
「Bがアレだと、Aも大した事なさそうだなぁ」
どうやら自分の創造主はずいぶん過保護らしい。
今更ながらに実感したライデンは、小さな獣人の子どもたちが魔力マシマシ飴を求めてやってくるまで、のんびりと椅子に揺られて過ごすのだった。
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