幕間の物語116.努力家奴隷はお願いした
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シズトに買われた奴隷の一人である狐人族のエミリーは、ファマリーの根元のすぐそばにある屋敷の厨房で、シズトが作った魔道具『魔動食洗器』に食器を入れながら物憂げにため息をついた。
その様子を、厨房の入り口からひょこっと顔を覗かせて翼人のパメラが見ていた。
パタパタと黒い翼をはためかせ、にやりとするパメラ。軽く咳ばらいをして声の調子を整えた彼女は、大きく息を吸った後、口を開いた。
「私もシズト様と海に行きたいのにナー」
「……パメラ、次変な声真似をしたらおやつ抜きにするわよ」
「ごめんなさいデース!」
「残りの食器を食洗器に入れてくれたらさっきの発言は聞かなかった事にするわ」
「すぐにやるデス!」
慌てた様子のパメラは厨房の中に入ってくると、先程までエミリーがいた場所に積み上げられた食器をどんどん食洗器に入れていく。
エミリーは、厨房の端っこに賄いを食べる時に使っている椅子に腰かけ、パメラを眺めながらもう一度ため息をつく。
食器を入れながらエミリーの様子を窺っていたパメラが懲りる様子もなく、エミリーに話しかけた。
「そんなに海に行きたいのデスか? エミリーも遊びたいのデスか? パメラも遊びたいから、一緒にシズト様にお願いしに行くデスか?」
「お願いしたとしても、基本的に私たちには休みなんてないし、貰えたとしてもシズト様と一緒に遊ぶなんて、私たちの身分じゃ許されないわよ。シズト様が私たちで遊ぶならありかもしれないけど、シズト様はそういうタイプじゃないし」
「パメラは奴隷だけど、シズト様とボウリングしたり鬼ごっこしたりかくれんぼをしたりして遊んでるデスよ?」
「私はパメラみたいにぐいぐいおねだりできるタイプじゃないの! っていうか、パメラはちょっとシズト様に慣れ慣れしすぎるのよ!」
「レヴィア様たちには『いいデスわ』って言われてるデス。だから問題ないデスよ?」
きょとんとした様子で首を傾げるパメラは、手が止まっていた。エミリーがジトッとした目で見ると、やる事を思い出して食器を食洗器に入れていく。
食洗器の中がいっぱいになったため閉じると、パメラは食洗器の上に手を置いて魔力を流す。
ある程度の魔力を流し終え、蓋を開けると中に入っていた皿がピカピカになっていた。
「許可が下りる事が普通じゃないのよ」
「普通じゃないのは最初からデスよ」
「……まあ、そうなんだけどね」
「……奴隷だからって悩んでいるデス? なら、奴隷から解放してもらうといいと思うデス」
「そうだけどー……そうなんだけど~」
机に突っ伏し、唸るエミリーをパメラは不思議そうに見る。
エミリーの尻尾は荒ぶっていて、スカートの裾をはためかせていた。
しばらく唸っていたエミリーと、食洗器に洗い物を突っ込んでは取り出すのを繰り返していたパメラたちの元へ、狼人族の少女シンシーラがやってきた。
栗毛色の髪と同色の瞳は細められ、口元には笑みが浮かんでいる。しっかりと手入れされた栗毛色の尻尾もぶんぶんと振られていた。
彼女は今は夜警の時間のはずだったが、引っ越してからというものの、まったくと言っていいほど侵入者はいなかった。
以前の屋敷であれば時々侵入しようと試みる者もいたが、今の住まいは畑の中にぽつんと立っているので屋敷の敷地に入る前に見つける事ができるし、なにより野菜泥棒の一件以来、フェンリルと一部のドライアドが睨みを利かせているので屋敷に近づく事すらできないのが現状だった。
「面白そうな話してるじゃん。私も混ぜるじゃん」
「警備しっかりしなさいよ」
「私の耳ならここからでも問題なくできるじゃん」
シンシーラは机を挟んで、エミリーの正面の椅子に腰かけると、頬杖をついた。
「それで、結局エミリーはどうしたいじゃん?」
「どうしたいって……そりゃあ、海でシズト様と遊びたいわよ」
「かわいい水着をシズト様に買ってもらって、シズト様を悩殺したいワ!」
「パメラ、明日のおやつはないと思いなさい」
「パメラ、良い事思いついたから問題ないデス! シズト様に分けてもらうデース!」
「モニカからシズト様に『パメラを甘やかさないように』って言ってもらうわ」
「酷いデース! 横暴デース!」
「少し経つと注意された事を忘れるあなたが悪いのよ」
「話が進まないから、パメラは少し静かにしてるじゃん。エミリーの代わりに仕事をこなせば、その分お菓子をくれるかもしれないじゃん」
「はっ! そうデスね! 頑張るデース」
パメラが中断していた食器を洗う作業を再開したのを見届けて、シンシーラはエミリーを見る。
「海で一緒に遊びたいなら、やっぱりまずは言うしかないじゃん。休みに関しては、シズト様たちが向こうで夜ご飯や翌日の朝ご飯とか食べてしまえば、モニカ以外は暇になるから行く事は可能かもしれないじゃん。ただ、そこら辺はシズト様が考える事だから、やっぱり言うしかないと思うじゃん」
「……そうかもしれないけど……」
「直接言い辛いなら、目安箱に入れに行くじゃん?」
「あそこは町の子たちのための物でしょ? シズト様と直接会って話すことができる私たちが入れるのはちょっとどうかと思うわ」
「じゃあ、面と向かって自分の口で言うしかないじゃん」
「………そうね」
「そうと決まれば早速話に行くじゃん。今はまだシズト様は起きて、部屋の仕切りを作る作業に夢中になっているじゃん」
立ち上がって獰猛な獣のように笑うシンシーラを、エミリーは不思議そうに見上げた。
「……随分積極的ね。パメラは遊びたいだけってのは分かるけど、あなたはどういう魂胆なのかしら?」
「私とパメラは元々夜の相手をする目的でも買われているじゃん。でも一向にお呼ばれがないじゃん。そろそろお手付きしてもらうために動くしかないじゃん」
「いくらレヴィア様たちが承認してくれているとはいえ、やりすぎてシズト様に嫌われたら元も子もないと思うけど?」
「そこら辺はしっかり気を付けるじゃん。ほら、さっさと立っていくじゃん」
「パメラも行くデス!!」
「って、なんであなたが先に行くのよ! 待ちなさい、パメラ!!」
食器を食洗器に入れる作業に飽きたパメラが食堂から飛び出し、その後をエミリーが追いかける。
シンシーラは苦笑いを浮かべた後、のんびりと二人の後を追った。
そうしてシズトに相談しに行った結果、『慰安旅行』をする事になったのだが、当然この世界の奴隷たちにそのような概念があるはずもなかった。
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