232.事なかれ主義者は潜りたい
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ノエルは僕と同じ屋敷に住んでいて、三階に部屋がある。
ノエルと同じく奴隷であるエミリーやシンシーラは二階で生活しているから彼女も二階の方が良いような気がしたけど、結果的にはこれでよかったんだと思う。
新しく入ってきた奴隷たちを助手として雇ったから、作業部屋は広い方が良いだろうし。三階は二階よりも部屋数が少ない代わりに広いから。
朝ご飯を食べ終え、世界樹ファマリーに【生育】を使ってからノエルの部屋へと向かう。
ノエルの部屋は階段を上ってすぐの部屋だ。
ノックをして少しの間待っていると、中からひょこっと女性が顔を出した。
見た目は普通の人間なのだが、こう見えて僕よりも年上のドワーフだ。
首には首輪をつけている彼女は、僕に気が付くと扉を開けて部屋へあげてくれた。
「師匠っ! 旦那様がお越しだよっ!」
小さな体からとても大きな声を出し、部屋の奥で作業をしていたノエルに声をかけるこのドワーフの名はエルヴィスというらしい。
女ドワーフはその見た目から一部の貴族から人気があるらしく、とても高かったんだとか。手先が器用な種族だから買ってきたらしいんだけど、値段は怖くて聞けてない。
フリルがいっぱいついたドレスを着せたら似合いそうだなぁ、と思いながら見ていると、赤毛の彼女は先程までしていたであろう作業に戻っていった。
彼女のために用意されたであろうその机の上には見覚えのある紙がある。
「あれって、オートトレース?」
「そうっすよ」
こちらに視線を向ける事無くノエルが答えた。
緩く波打っている金色の髪は肩くらいまでしか伸ばされていない。前のめりで作業をする事が多く邪魔だから自分で切っているらしい。
短い金色の髪の毛から覗くエルフほどではないけど細長く尖った耳が時々ピクッと動く。
ノエルは引っ越しの際に持ってきた作業台を使ってホムラから指示された物を作っているようだ。
「いきなり弟子の面倒を見ろって言われても、ボクは我流で学んできたから、教えられる事はそう多くはないんすよ。それこそ専用のインクを作る時の必要な物とか混ぜる配分くらいっすかね、しっかり教えられる物は。だから、とりあえず魔法陣をなぞる所からさせているんすよ。オートトレースを使えば全く同じ物を紙に写す事ができるっす。その上からなぞるように書けば理論上は魔法陣を再現出来るっす」
「なるほどなぁ。……それってオートトレースで写すだけで魔法陣として機能しないの?」
「もうとっくの昔に試してみたっすけど、ダメでしたっす。魔力が流れる特殊なインクを使わないと普通は発動しないっすから。そもそも、付与したいのは金属とか布っす。紙じゃないっす」
「まあ、そう簡単にはいかないかぁ。魔法陣の複製をする魔法陣とか思いつかないし、それ以外で何か作るのが楽にできそうな物も思いつかないからなぁ」
そう簡単にはいかないか。っていうか、そういう魔道具があったらエント様の加護の価値が若干下がっちゃいそうだし、それもあって教えてくれないのかも?
オートトレースで魔法陣をなぞっている奴隷たちの方に視線を向けると、エルヴィスの手元を興味深そうにジューンさんが覗き込んでいた。だけどエルヴィスはガン無視して作業に集中している。
エルヴィスの隣に座って、同じ長机の上で模写をしている普通の人族の男性エイロンは、ちょくちょくジューンさんの胸に視線が行っている。
気持ちは分かるよ。今日のジューンさんの服装、胸元が大きく開いていて破壊力えげつないもんね。
ジューンさんを呼び寄せて別の長机に一緒に横並びに座り、一先ずオートトレースとノエルから拝借した特殊なインクで線を書く事ができるペンをジューンさんに渡す。
ジューンさんはきょとんとした様子で僕とその道具を見ていた。
「やってみたかったのかなって思ったんだけど……違った?」
「あってますぅ。できる事はぁたくさんあってもぉ困らないですからぁ。何かのお役に立てるかなって思ってたんですぅ」
それもそうだ。そうやってジューンさんは長い年月をかけて、いろんな知識を身に着けてきたんだろうな。
今回の魔道具作りも誰かに不利益は特にないし、別にいいよ。
「ボクには不利益あるっすよ!」
ごめんて。
オートトレースで丸投げしているとはいえ、教える相手が増えたらそれだけ負担にはなるよね。
とりあえず、今日の所はなぞるだけという事にしてもらって、ジューンさんは黙々と取り組み始めた。
僕もその隣で魔道具に思いを馳せる。
これから必要になるであろう魔道具だ。
ガレオールは海が綺麗だって聞いたし、海の中でも呼吸ができる物を作ってダイビングがしたい!
……うん、できそうっすね。
ただ、それを作るためにはマスクが必要だ。口元を覆うアレが欲しいんだけど、この世界にもあるんだろうか。まあ、無ければお金払ってでもどこかに作ってもらえばいいし、無理ならただの布でもいいか。
今できる事はこれ以上ないし、次の魔道具考えよっと。
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