幕間の物語111.元訳アリ冒険者は囁いた
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獣人の国アスクファースの首都スプリングフィルドにあるセキュリティがしっかりとしている宿屋の敷地に、白い馬車が停まっている。
ユグドラシルからの使者を乗せてやってきたその馬車の扉が開き、中から二人の女性が下りてきた。
一人は真っ黒な髪が地面付近までまっすぐに下ろされている少女ホムラ。古びたとんがり帽子を目深に被り、体をすっぽりと覆うローブを身に着けて、棘の付いたメイスを背負っていた。
その後ろから、頭を下げて馬車から出てきたのは燃え盛る炎の様な赤い髪が目立つ女性ラオ。彼女が身につけている魔物の甲殻を利用して作られた真っ黒な防具は、動きやすさを重視しているのか、彼女の体の最低限の部分しか守っていない。
身長が二メートルほどあるラオが、目の前を歩くホムラに声をかける。
「分かってると思うけどよ、あんまりやりすぎねぇようにしろよ。シズトに嫌われるぞ」
「………」
ホムラは『シズトに嫌われる』という部分でぴたりと足を止めたが、結局何も言い返す事なく歩き始めた。
宿の敷地から出ると、多くの人々が道路を闊歩していた。
そのほとんどが獣人だったが、中にはそれ以外の種族もいる。ただ、他種族は冒険者なのだろう。武装した状態で通りを歩いている。
獣人の中でも体の大きな者たちは、小柄な者たちを扱き使っているようだ。
小さな体を懸命に使って荷運びをしている獣人たちが所々にいる。
「それで? 最初はどうするんだ?」
「ひとまず教会建設予定地を確認しに行きます。既に場所は教わっておりますので、迷わず向かう事はできるでしょう」
足早に歩くホムラの後ろをのんびりと歩いて追いかけるラオ。
二人はどんどんと街の中央から離れていく。
だんだんと大きな建物がなくなっていき、簡易的ですぐに壊れてしまいそうな掘っ立て小屋が目立つようになってくると、通りを歩いている獣人たちも薄汚くなっていく。
住居がほとんどなくなり、畑や農具をしまうための小屋が目立つようになってくると、小柄な獣人たちが畑の世話をしていた。
痩せ細っている彼らは、近くで監視をしていた体格の良い獣人の指示に従って農業をしているようだ。
ホムラはそんな彼らを気にした様子もなく歩き続け、やっと教会予定地に着いた。
そこは以前まで休憩所として活用されていたのであろう汚れた小屋が三軒並んで建っていた。
「なるほど、まずは解体からすべきですね。ラオ様、危険ですので少々離れていてください」
「業者に頼めばいいんじゃねぇか?」
「トラブルを避けるのであれば、ついて来ている愚か者共に実力を見せつけた方がよいかと愚考しました」
「ああ、なるほどな。……まあ、そうだな。アタシは周囲の獣人共が余計な事しねぇか警戒しとく。そっちは任せたぞ」
「貴女に言われなくとも、全力でやるつもりです」
ホムラが背中に背負っていたメイスを手に持つと、彼女の体から莫大な魔力があふれ出す。
青い輝きを放つ魔力が高まり、彼女が持つメイスに絡みついていく。
眩い輝きがメイスを包み、その状態を維持したまま中央の小屋に思いっきり叩きつけた。
一瞬の遅れと共に衝撃がメイスを中心に地面に広がり、その衝撃が周囲にあった小屋を破壊し、瓦礫へと変えた。
「……こんなものでしょうか」
「まあ、十分なんじゃね?」
蜘蛛の子を散らすように遠ざかっていく小柄な獣人たちを見送りながらラオはどうでもよさそうに呟いた。
瓦礫撤去は逃げ遅れた小柄な獣人に仲間を集めさせて、依頼した。その間にラオたちは建設業者を探す事にした。
ファマリアで建設作業をしている者たちを連れてくる事も考えたが、余計なトラブルに発展する事が目に見えていたので、現地の建設業者を頼る事にしたのだったが、難航していた。
人間たちの中では目立つラオの体格だが、獣人たちにとっては見慣れた大きさだったので威圧にも使えず、女性二人という事でだいぶ舐められていた。
門前払いされる所もあり、その度にホムラは青筋を浮かべ、ラオがため息をついて「シズトに嫌われてもいいのか?」とボソッと言う。
「やっぱ農耕民族の所の奴らに頼むしかねぇな。他の民族の所じゃ相手にもされねぇし」
「簡易的な教会で十分だそうなので、質より量で対応しましょう」
そうして頼みに行った建築業者はどこも相場の倍以上の金を要求してきたため、実力行使に出ようとしたホムラに聞こえる程度の声でラオが「シズトに嫌われそうだなぁ」と呟く。
ホムラは逡巡してから握った拳を開いて、提示された金額をそのまま払った。
貯まりに貯まった金をどこかで使うようにシズトから指示されていた事を思い出し「褒めていただけるでしょうか」と呟きながら歩く。
「きっと褒めてくれるんじゃねぇか?」
「不敬者を見逃した事は怒るかもしれません。やはり一発いっとくべきかも――」
「いや、それもしっかり褒めてくれるだろうよ。アタシが状況をしっかり説明しておいてやっから、大人しく店の物件を探すぞ」
シズトには事前に褒めるように促す必要がありそうだ、と思いながらホムラを小脇に抱えて商業ギルドに向かう二人を、一部の獣人がニヤニヤしながら見ていた。
その後、その獣人たちが彼女たちにちょっかいをかけたが、ラオがホムラを魔法の言葉で止めて、トラブルにはならなかった。ただ、その夜、数人の獣人が忽然と姿を消す事件が起きた。
手を出しておいて負けるものが悪い、という事で大きな問題にはならなかったが、彼らは数か月後、スプリングフィルドに戻ってきた。
朝起きたら隣国のウェルズブラのある町にいたと証言していたが、弱者であると判断された彼らの話を誰も聞く事はなかった。
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