幕間の物語108.変装した二人は訪れてみた
不毛の大地に生えた世界樹を中心に広がる町ファマリアに、ドラゴニア王国の国王であるリヴァイ・フォン・ドラゴニアとラグナ・フォン・ドラン公爵は変装をしてやってきていた。
大剣使いの剣士のような恰好をしたリヴァイと、動きが鈍そうな体型の魔法使いラグナは、幼い奴隷たちと一緒にトロッコに乗っている所を巡回していた兵士に呼び止められ、トロッコを下りてこの町についての説明を聞いていた。
説明をしているのはドラン公爵の所から派遣されて駐屯兵として働いているラックという男とカレンという女だった。
もちろんリヴァイは二人について知っていたが、二人ともリヴァイの変装に気づいた様子もない。
流石に声を出せばバレてしまうが、基本的にやり取りしているのはラグナの方だったから問題なかった。
「――というわけで、絶対に、何があっても、この町にいる奴隷に手を出してはいけません。万が一怪我を負わせた場合、命の保証はしませんので肝に銘じておいてください。何名か愚か者たちが奴隷の女の子に手を出していますが、男の大事な物を潰されていたので……大事なのであれば魔が差さないように気を付けてください」
女性の兵士であるカレンが淡々と話をしている途中で、チラッとラグナの下腹部に視線を向けてから釘を刺した。
すかさず隣で話の様子を見守っていたラックがカレンの頭を小突いていたが「事実じゃないですか」と不服そうにカレンは唇を尖らせる。
「大人の男が股間を抑えて泣きわめいているのを対応したラック隊長はまだいいじゃないですか。私はその近くでホムラ様にご注進する役目を何度もしているんですよ? 無表情で何を考えているか分からないから、いつ機嫌を損ねて暴れだすか分からなくてひやひやしているんですからね!」
「分かった分かった。とにかく、旅のお二人さん。くれぐれも主人が近くに見当たらないからとここの奴隷たちに無体な事をしないようにお願いしますよ。この町の奴隷の主は世界樹の根元近くに立っている建物で暮らしている勇者様……じゃなくて転移者様なんですから。この国の第一王女であるレヴィア王女殿下とご婚約して今では王族の一員でもあるんですから。その御方の所有物である奴隷を傷つけたら下手したら首が飛びますからね」
「わかった。肝に銘じておく」
リヴァイとラグナは素知らぬ顔で頷いた。
ラックとカレンはそれ以上話す事はないからと巡回に戻っていく。
その二人が見えなくなるまでラグナは黙って見送っていたが、リヴァイを見て切り出す。
「………まあ、なんだ。とりあえず教会でも見に行くか」
「そうだな。一番近いのは東区のプロス様の教会か」
二人は肩を並べて歩み始める。
その歩みには少しも迷いはなく、最短距離で加工の神プロスの教会に辿り着いた。
他の建物よりも高く、黄金に輝いているその建物は、遠くからでも良く見えた。
建物はぐるりと柵で覆われていて、それも黄金に輝いている。
「アダマンタイト製の建物を見る事ができるのはここくらいだろうな」
「現状だとシズト殿しか加護を授かっておらんからな。とりあえず入るか」
「人の気配はないが、柵も壁も隅々まで綺麗に磨かれておるな」
正面の門をくぐって敷地に入るとまず二人を出迎えるのは黄金に輝く神の像だ。
汚れ一つなく、太陽からの光を浴びて金色に輝いている。
「……目が疲れるなこの場所は」
「室内もこうだったらさっさと帰るか」
リヴァイの心配をよそに、教会の室内はいたって普通だった。
正面の扉から入ると広い部屋になっていて、奥には大きなステンドグラスがあった。
建物を支える柱は太いが、一つ一つが繊細に装飾を施されている。
だが、室内にはほとんど人影がない。唯一いるのは、小柄な体格の女の子だった。
「……ドワーフか?」
リヴァイの疑問の声に気づいたその女の子は、本を読むのをやめて顔を上げて二人を見据える。
「ああ、そうだけど何か文句でもあんのかい?」
「いや、特にはない。この町のドワーフは男ばかりだと聞いていたから驚いたんだ」
「最近来たんだよ。今後も続々と増えていくだろうね。日によって担当を変えてこの建物の整備をしているんだ。ところで、人間の男二人が揃ってこんな所に何の用なのさ。見たところ冒険者のようだし『加工』とは無縁だと思うんだけどね」
「仕事でこの町に立ち寄ったんだが、目立つ建物があったから気になってな」
「ああ、だからか。まあ、あれだけキラキラ光ってたら、そりゃ興味が湧いても仕方ないね」
ドワーフの女性は納得した様子で頷くと、再び本に視線を戻した。
放っておかれた二人は、一通り装飾を見て回った後、礼拝を済ませお布施を払い、教会を後にした。
「さて、次は南にあるファマ様の教会だな」
「ああ。それにしても、道行く奴隷たちがどれも同じ服を着ているのは……」
言葉を濁したラグナの視線の先には、行き交う奴隷たち。
どの奴隷も真っ白な服を着ていて汚れ一つない。
それだけでも大事に扱われているのがよく分かるが、中にはお金を出しあって屋台の食べ物を購入してその場で食べている奴隷たちもいた。
普通では考えられない事だが、この奴隷たちの主は異世界転移者だ。価値観を押し付けてくるのでなければ自由にすればいいだろう、とリヴァイは考えていたため「まあいいんじゃないか別に」としか言わなかった。
南にある生育の神ファマの像の近くには広い敷地の中にぽつんと教会が建っていた。
「世界樹の周囲が徐々に緑化しているのです。少ししたらここも緑に覆われるでしょう。そうなったら植物を育てようと考えております」
二人を出迎えて案内するのは真っ白な布に金色の装飾が施された修道服を着たエルフの男性だった。
教会は二階建てくらいの高さくらいしかなくそれほど大きくはないが、リヴァイとラグナは呆れたように建物を見ていた。
「おや、お気づきですか? お目が高いです。こちらの建物はそのほとんどが世界樹の素材で作られているのですよ。ささ、ファマ様の前で祈りを捧げてください。その後、じっくりと、ファマ様の偉大さをお伝えさせていただきます」
「いや、俺たちはまだ用があるから……」
そうラグナが主張したが、教会の中に足を踏み入れ、祈りを捧げている間にどこからか現われたエルフたちがニコニコしながら周りを囲んでいた。
騒ぎを起こすと自分たちの正体がばれかねない。そう思った二人は大人しくエルフの説法をエルフたちに囲まれながら聞くのだった。
結局、話が終わる頃には日が暮れていたため、付与の神エントの教会に行けなかった。
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