幕間の物語105.ロリエルフは試乗した
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不毛の大地に聳え立つ世界樹ファマリーの周囲に広がる町を、一台の馬車のような何かが走っている。
前輪は一つしかなく、馬車の車輪は後輪と併せて三輪しかなかった。
人が歩く速度くらいで走るその馬車は、前輪は回転するように作られているようだ。前輪から棒が伸び、T字になった持ち手の部分を右に回すと、交差点を右折していく。
それを不思議そうに見ているのは好奇心の強い奴隷の子どもたちだけではなかった。露天商をしている商人たちも、自分の店を構えている店主たちも、商売を一時中断して興味深げに眺めている。買い物をしていた客も文句を言わず、一緒にのろのろと走る不思議な馬車を見送った。
不思議なのは車輪の数だけではなく、馬が牽いていないのもそうだ。
通行人たちはその三輪車を見た後に、それに乗っている小柄なエルフに視線が行く。
そのエルフは緊張した面持ちで持ち手を両手でしっかり握りしめながら前だけを見据えていた。周囲の視線が自分に集まっている事には気づいていないようだ。
そのエルフに後ろから声をかける少女がいた。人間のような容姿のその娘は、荷台に座って来た道を眺めていたが、荷台から運転席に座っているエルフを見る。
「ジューロ、どう?」
「………」
「ジューロ?」
声をかけても反応がないエルフの肩を少女が叩くと、彼女はビクッとして振り返ると三輪車が徐々にゆっくりとなってそのまま止まってしまった。
「ドロミーさん! 操作中は集中しているので話しかけないでください!」
「ん、ごめん」
目を覆い隠すほど伸ばされた赤い前髪は緑の目を隠し、表情がうかがえないが、肩を落としている様子からしょんぼりとしている事がジューロにも分かった。
彼女はそれ以上は注意する事はなく、三輪車の持ち手から手を離して彼女の方を振り向く。
「まあ、いいです。それで、どうしましたか?」
「具合はどうか聞きたかった。シズトの話を聞いてパパンが作ったけど、情報が断片的だって言ってた。完璧じゃないはず」
「そ、そうですか? 十分だと思いますけど……。少なくとも二輪しかなかったバイク? と比べると簡単に進ませる事ができます。バイクは車輪が細いと回転が遅くて倒れちゃいますし、太くし過ぎると曲がり辛かったですし」
「シズト様に作ってもらえば、きっと二輪もあり」
「そうですね……でもシズト様にこれ以上ご迷惑をかける訳には……」
「迷惑? ……世界樹の事は、ジューロが気にする事じゃない」
「そうかもしれないですけど……」
そう言いつつもジューロは唇を尖らせた。
ドロミーはため息をついて話を戻した。
「パパンの所までテスト。場所交代。今度はドロミーの番」
「分かりました。私はエルフですし、常日頃から魔力を使っているから全然平気でしたけど、魔力切れに注意してください」
「ん、分かってる」
荷台をまたいで運転席に移動したドロミーは、荷台にジューロが乗っている事を確認すると持ち手を握った。
持ち手に魔力を流すと棒を伝って前輪に伝わり、前輪に描かれた魔法陣が輝く。
少しずつ少しずつ回転していき、再び三輪車は人が歩く速度で進み始めた。
三輪車はのろのろと道路を進んでいく様を通行人の視線を集めながら、目的地に向かって二人を運んだ。
ドワーフとエルフの小柄な二人を乗せた三輪車は、目的地までゆっくりと運んだ。
速さは何とかしたいなと思いつつ荷台からジューロが降りると、一人のドワーフが酒瓶片手に声をかけてきた。
「魔動車の調子はどうじゃった? ワシが作ったのだから問題はなかったじゃろ?」
「はい、特に車体に問題はなかったです。……魔動車?」
「そうじゃ。シズトが言うには自動車らしいが、魔力で動いておるから魔動車の方が良いじゃろう?」
「そう、ですか?」
「そうじゃ。そんな事より、レールの準備は万全じゃぞ。きちんと幅を揃えたし、曲がる部分もほんの少しだけ難しかったが、トロッコを押して確かめてみたら問題なかったわい。あとはお主の仕事の範疇じゃからな、自分で確認するといい。儂はトロッコに乗って酒でも飲んでおるわい。トロッコなのじゃから荷物はあった方が良いじゃろう?」
「パパン、酒は要らないと思う」
「何も聞こえないのぅ。歳は取りたくないのぅ。親方と呼ばれたら聞こえるかもしれんのぅ」
ドスドスと走り去るドワーフのドフリックを追いかけてその娘であるドロミーが走って行った。
仲のいい親子をきょとんとした表情で見送ったジューロだったが、自分がなすべき事を思い出して彼女たちの後を追う。
トロッコは道路の真ん中に敷かれたレールの上に乗っていた。レールは町の外縁部をぐるりと囲っている。
既に乗り込んで酒を飲んでいるドフリックと、その様子を呆れた様子で見守るドロミー。彼女はドフリックが持っていたであろうアイテムバッグを取られまいと抱え込んでいた。
ジューロはその間に割り込むようにトロッコの真ん中に陣取り、両手で縁を持って魔力を流す。
その日、のろのろと人間の速さで勝手に動くトロッコは日が暮れるまで走り続けた。その後ろを、暇を持て余していた奴隷の子どもたちが楽しそうに追いかけていたらしい。
ネーミングセンスが欲しい今日この頃。




