幕間の物語103.面倒臭がりは問答無用
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アクスファースは、シズトたちが転移させられた大陸の北西に位置する獣人の国だ。
国土のほとんどが平地で、国の北と西には海がどこまでも広がっている。
南には砂漠や魔の森が広がっており、そこから魔物たちが溢れ出て、度々スタンピードが起こっている。
東には山が連なり、その山の一つに大きなトンネルがあって、ドワーフの国に繋がっている。
魔力の影響で、国内で季節が異なり、首都以外は季節が一年で一巡する。
クーを乗せた馬車が進んでいる地域の季節は夏だった。
急な気温の変化に、ウェルズブラからきた旅人たちはついて行けない時があるが、クーの周りを護衛するエルフたちは汗一つかいていない。
馬車の中にいたクーも同様で、ベッドの上でゴロゴロしながら微睡んでいた。
「ジュリーニ、周辺の警戒をしっかりしろよ」
「言われなくてもやってるってば。異常なーし」
御者台に座った小柄なエルフが大きく欠伸をする。
他のエルフたちと同様に金色の髪に緑色の瞳の彼はジュリーニ。
精霊魔法を用いた索敵能力は、世界樹の番人の中でも上位に位置するものだ。
シズトが来ない時は仮面をつけずに過ごしていた彼は、眠たそうに目を擦ってから手綱をしっかりと持つ。
「弛んでいるぞ、ジュリーニ! トンネル内ですれ違った行商人が、獣人の盗賊団が暴れていると話をしていただろう」
「そうだけどさー、もう数日同じような景色の中進み続けても全く反応はないんだよ? 僕たちの力を察して襲ってこないんじゃないかなぁ」
そんな声が御者台の方から聞こえ、クーはやれやれと首を振った。
彼女はトンネルを抜けてからずっと、敵意を感じ取っていた。
だが、それをエルフたちに伝えるつもりはないようで、小さな体をベッドの上でさらに小さくして丸まった。
「我々の隙をつこうと虎視眈々と狙っている可能性もあるだろう。単純な身体能力であれば、向こうの方が上だ。探知できる範囲外からこちらの事を監視し続けている可能性もあるだろう。すべての可能性を考慮し、各々が最善を尽くして馬車を死守するのだ。間違っても傷つける事は許されんぞ!」
「でも、シズト様は馬車が壊れようが気にしないと思うんだけどなぁ」
(あーしもそう思う)
心の中で呟いて、クーは目を開いた。
夕日に染まったような橙色の瞳に、窓の外の空に浮かんだ入道雲が映る。
空のように青い髪に着いた寝癖を何となく右手で弄りながら、彼女は考える。
(お兄ちゃん、物が壊れても直せばいいと思っている所があるからなぁ。どちらかというと、知っている人が傷つくのを嫌がるし。……あーしは、周りのエルフがどうなろうが、どうでもいいんだけど、お兄ちゃんに任されちゃったしなぁ)
ごろんと寝返りを打ったクーは、小さな口でため息をついた。
夜遅くにクーは目覚めると、面倒臭そうに体を起こした。
アイテムバッグから取り出したとんがり帽子だけを被り、小さくて可愛らしい白い靴を履き、寝間着の白いネグリジェ姿のまま馬車の扉を開けて外に出ると、火の番をしながら周囲の警戒をしていたエルフと目が合う。
「クー殿、どうされましたか?」
「たいちょーさん、ちょうどいいや。ちょっとお散歩してくるね」
「は? どこへ――」
隊長と呼ばれていたエルフが怪訝そうな表情で首を傾げて詳しく尋ねようとしたが、クーは気にせずにその場から転移した。
転移先は、元々いた場所の上空だった。
スカート部分を抑えながら彼女はスッと目を細めて遠くを見つめる。
新月で月明かりがないため普段よりも暗い草原が眼下に広がっている。
彼女はその場からさらに転移して、視界に映っていた草原に着地した。
「みーつけた」
「!?」
「ばいばい」
真っ黒な服に身を包んだ何者かの背中に手を触れると、相手はその場から忽然と姿を消す。
「こいつ、馬車から下りてきた小娘じゃねぇか!」
「どうやってここに……っていうか、どうしてここが!?」
「静かにしろ、馬鹿ども。加護持ちか、魔法使いか……どちらにせよ、散らばれ」
夜の闇に紛れて消えてしまいそうな程小さな声でやり取りする口元まで黒い布で隠した集団を、つまらなさそうにクーは見ていた。
「まあ、あーしが触れた後に消えたらそうするよねー。ま、無駄な事なんだけど」
つま先で地面をトンッと軽く蹴ると、そこを中心に魔法陣が広範囲に広がる。
危険を感じたのか、散らばっていた者たちが一斉に魔法陣から出ようと地面を蹴ろうとしたが、間に合わなかった。
「みんな仲良く、わんわんのとこに送ってあげる」
魔法陣の光が収まる頃には、クーの周りには誰もいなかった。
「あ、空から落としちゃえばよかったかな? 今度からそうしよっかなー。でも、確実にやるならわんわんたちとホムホムやユキユキがいる所の方が確実だよねぇ」
考え事をしながらクーは馬車のすぐ近くに転移する。
転移してきた様子を見て、エルフの隊長が慌てて駆け寄ってきた。
どうやら休んでいたエルフたちを起こして周囲を探させていたようだ。
「クー殿! 一体どこに行っていたんですか!」
「だからお散歩だってば。もう眠いから寝るね、おやすみー」
何事か喚いていたエルフを無視してクーは馬車に乗り込むと、とんがり帽子をアイテムバッグにしまう。
靴を脱いでベッドの上に横になると、すぐに寝息を立て始めた。
馬車の窓からその様子を覗きこんでいたエルフたちは、肩をすくめて各々のテントに戻っていくのだった。
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