194.事なかれ主義者は見送った
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魔動車をせっせと試作した翌日。
朝食を食べ終えると、クーを探すために屋敷を見て回った。
いつも屋敷内のどこかで丸まって寝て過ごしている幼い子どもの様なホムンクルスは、今日はノエルのベッドを占拠していた。
魔道具を作っていたハーフエルフのノエルは、クーの事を無視して作業をしている様だった。
というか、僕が入ってきたのに気づいた様子もない。
「お邪魔しまーす」
「………」
「クー、こんな所で寝てないで行くよー」
「んー? ……あー、お兄ちゃんおはよー」
クーは目をうっすらと開けると、小さな口を大きく開けて欠伸をした。
うっすらと涙がにじむ橙色の目が僕を捉える。
「おはよう、クー。今日から馬車に乗って過ごしてもらうんだけどほんとに大丈夫?」
「んー、いいよー? 寝て過ごせればどこでもいいし~。アンアンに連れまわされず、時々遊びに出かけるお兄ちゃんに面倒見て貰えるんでしょ? 最高じゃーん」
にぃっと笑って、寝転がったまま両手を僕に向けて突き出してきたので、そのまま抱っこする。
空のように青い髪の毛が僕の顔に触れてくすぐったい。
それを狙っているのかは分からないけど、ギュッと抱き着いて、すりすりと頭を擦りつけてくる。
「お邪魔しましたー」
「………」
ノエルは集中しすぎていて気づいていないだろうけど、一応挨拶をして廊下に出る。
一緒について来ていたジュリウスさんが扉を閉めてくれた。
「それじゃ、いこっか。馬車とか諸々の準備はもう終わってるんだよね?」
「はい、いつでも禁足地から出発できます」
「じゃあさっさと出発させちゃおう」
別に急ぐ旅じゃないけど、護衛たちを待たせているのは申し訳ないし。
ファマリーを経由してユグドラシルの根元まで転移すると、昨日見せてもらった馬車とその近くで十数人の仮面をつけたエルフが跪いて待機していた。
転移陣があるウッドデッキを下りて、馬車に向かって歩く途中、ジュリウスに指示を出す。
「クーを乗せておくから、立たせておいて」
「私が命じなくとも、シズト様がお望みであれば立ち上がるでしょう」
ジュリウスは目を伏せながらそう答える。
前を向くと、既にその場にいたエルフたちが直立不動で立っていた。
のんびり待っていてくれた方がありがたいんだけどなぁ。
彼らにも立場というものがあるんだろう、と割り切ってジュリウスと共に馬車の近くまで歩いて行くと、ススッとマスクをつけた一人のエルフが馬車の扉を開いた。
世界樹の素材をふんだんに使われたその木製の馬車に乗り込む。
馬車の中にあった座席は全て取っ払って、床の中央に転移の魔法陣を刻んである。
座席は収納できる折り畳みにしてみた。
「クーに言われた通り、極力何もないようにしてみたけどほんとにこれでいいの?」
「んー、いいよ~。お兄ちゃんありがとー」
クーは僕に巻き付けていた右手を、体をひねって馬車の中に向けると小さな声で何かを呟いた。
次の瞬間にはどこからともなく大きめのベッドが現われて、馬車のほとんどを埋めてしまった。
「ああ、だから何もない方が良いって事だったんだね」
「そういう事~。あーし以外、移動中にこれに乗る予定はないから問題ないでしょ?」
「んー、どうなんだろう。ジュリウス、どう思う?」
「シズト様が良いと思われるなら、問題ないでしょう」
「じゃあ、いいか。座席の出し方とか一応教えておいた方が良い?」
「使わないし知らなくていいや。お兄ちゃんが使う時に教えて?」
「はいはい。じゃあ、面倒かもだけど連絡役として頑張ってね。なんか危ない事があったら、護衛のエルフたちも転移陣使って逃げていいから」
目の前に出されたふかふかのベッドの上に、そっとクーを下ろしてクーに言い聞かせるように伝えたが、クーは目を細めて僕を見てくるだけで何も言わなかった。
本当に分かっているのかなぁ。エルフたちを放って自分だけ逃げて来ても仕方ないけど、できれば護衛の人も命を落としてほしくないし、念のために外で待機している人たちにも転移陣の使い方を伝えておこ。
転移陣の使い方、と言っても一定の魔力を流すと転移するだけの簡単な物だ。
白い毛玉と化しているフェンリルのすぐそばに転移するので、フェンリルと顔合わせをするために馬車の転移陣を使ってファマリーに行って紹介するとすぐに戻る。
顔合わせしとかないとフェンリルがガブッといっちゃうから。
護衛のエルフが全員戻ってきたのを確認して、護衛の隊長だという他のエルフたちが着けている仮面とは異なる派手な物をつけたエルフに声をかける。
「それじゃ、護衛よろしくね」
「命に代えてもお守りいたします」
「できれば生きて守って欲しいなぁ」
それが難しい時もあるかもしれない事は分かってるけど、できるだけ死なないでほしい。
もっと言えば傷つく事も嫌なんだけど、そこまで言ったら彼らを困らせるだけだからなぁ。
クーにも護衛の人が死にそうだったらファマリーの根元に飛ばして助けてあげてとお願いしておいた。
面倒臭がりの彼女がやってくれるか分からないけど、言わないと間違いなく放っておくだろうから。
「それじゃ、行ってらっしゃい」
「はーい、おやすみ~お兄ちゃん」
クーがごろんとベッドの上で転がり、丸まって眠り始めるのを見届けてから馬車を下りる。
僕が降りると、御者が馬を操り禁足地の外に向けて進み始める。
護衛たちは馬に乗って、その周囲を固めている。
僕は彼らが森の木々にさえぎられて見えなくなるまでジュリウスと一緒に見送った。
最後までお読みいただきありがとうございます。




