幕間の物語92.元訳アリ冒険者も美味い物が知りたい
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ドラン公爵が治めるダンジョン都市ドラン。
その都市に建てられていた屋敷でシズトと一緒に生活をしている女性の一人であるラオは、いつものように朝食を早く食べ終えると、魔力マシマシ飴を舐めながら、彼女の同居人であり護衛対象であるシズトの様子をさりげなく見ていた。
ジャムをたっぷりと塗ったパンを頬張って食べている彼は、彼女の視線に気づいた様子もない。
口いっぱいにジャムが塗られたパンを頬張ると、幸せそうな表情でもぐもぐと咀嚼している。
口の中に入っている物を飲み込むと、黒髪の彼は他の食事をしている面々を見ながら口を開いた。
「今日はみんな何するの?」
「お姉ちゃんは特にやる事ないからシズトくんの護衛をずっとしているわ!」
ラオの正面に座っている彼女の妹であるルウが元気いっぱいにそう答えるのを、ラオはまあそうだよな、と思いながら見る。
ラオとそっくりの彼女は、長く伸ばされた赤い髪を弄りながら嬉しそうにニコニコしている。
今日はシズトの世話係だから張り切っている様子だ。
空回りしねぇといいんだけどな、等と赤い目を細めてルウを見るが、彼女は気づいた様子もない。
「ラオさんは?」
「アタシはやりたい事あっから、出かけるわ」
ラオがそう言うと、シズトは不思議そうに首を傾げた。
だいたい彼女の妹であるルウと一緒に行動している事が多いから不思議に思われているんだな、とラオはシズトの疑問を理解していたが、特に何をするかは説明しなかった。
その他の面々の予定を確認し終わる頃にはシズトも食事を終えていて、のんびりと紅茶を飲み始める。
ラオは砂糖をせっせと紅茶の中に入れているシズトの様子を魔力マシマシ飴を口の中で舐めながら見つめ続けた。
朝食後、ラオは本館を出て別館の方にやってきていた。
普段は来ない来訪者に驚きつつも、彼女を出迎えた幼い少女のアンジェラは、精一杯対応しようと奴隷のモニカのいつもの様子を思い浮かべながら口を開いた。
「いらっしゃいませ、ラオさま! きょうのようけんなんですか!」
「ドワーフ親子にちょっと聞きたい事があってきたんだが、いるか?」
「どわーふおやこはいま、まちにおでかけしてます! ことづて……? しますか?」
「あー……そうだな。どうせ街に出るからそん時に探すからいいわ。邪魔したな」
小さな幼女のピンク色の髪の毛を撫でながら優しく微笑むラオに、アンジェラもにっこりと笑顔を返した。
ラオは別館を離れると、そのまま敷地の外に出た。
冒険者の頃は私用で外に出る時も武器を身に着け、臨戦態勢だった。
ただ、今の彼女は武装しておらず、街を行き交う住人と同じような格好をしていた。
流石にスカートを履く事はないが、動きやすさを重視したホットパンツにタンクトップ姿の彼女は、その大きさもあって男女両方の視線を集めていた。
男の視線に慣れている彼女は気にした様子もなく、酒場を見かけるとその度にチラッと覗きながら目的の店まで歩き続けた。
ドランの中央区にある大きな店に入ると、日用品が整然と並べられている。
奥に進むと、他国の珍しい品々が並べられていた。
ラオはそれらを見る事無く、店員を捕まえると自分の名前を名乗って店主を呼びつけた。
しばらく待っていると、初老の男性が店の奥から出てくる。
「ラオ様、お待たせ致しました。お久しぶりですな。今日はどの様なご用件ですかな?」
「ああ。ちょっと聞きたい事があったのと、ユグドラシルの時の騒動の詫びの品を持ってきた」
「詫び、ですか? ユグドラシルまではしっかり護衛していただきましたが」
「その後はアタシだけ街から逃げて迷惑をかけただろうからな」
「そんな事はないのですが……」
首を傾げる初老の男性は、以前ラオがユグドラシルに向かった時に護衛をした商団の最高責任者であり、このドランの商会の中でも有名なこの店の主でもあった。
白く染まってしまった短い髪はきっちりセットされており、歳相応に刻まれた皺が優し気な雰囲気を醸し出していた。
店の奥に通されたラオは、アイテムバッグの中から魔道具を取り出す。
「ユグドラシルに向かう時に気にしてたホーリーライトっていう魔道具だ」
「ファマリアで支給品として冒険者に貸し出しされている物ですな。非売品の様ですが、おいくらで譲っていただけるのですかな?」
「詫びの品だからやるよ。どうせユグドラシルまでアンタが行くんだろ?」
「そうですな。ただ、しばらくの間は行く予定はありませんが……有難く頂戴いたします」
「しばらく行かねぇって、何かあったのか?」
「ユグドラシルに行っても世界樹の素材が出回っていないんですよ。見た目は元通りになったんですが、エルフの上層部で何か問題が起きているのかもしれません」
「ああ、それに関しては問題ねぇよ。一週間後には出回っているだろうよ」
「……それは、本当でしょうか?」
「アタシが今、どこで暮らしているかくらいは知ってるだろ?」
「………なるほど。で、あれば急いで支度をしなければいけませんな。ラオ様のもう一つの目的はお聞きしても?」
「あー……知ってればでいいんだけどよ。……ウェルズブラとアクスファース、ガレオールの美味いもん知ってたら教えて欲しいんだが」
「そうですね……ウェルズブラはドワーフの国なので、美味い酒を取り扱っている所なら存じております」
「酒かぁ。酒は……飲まねぇからいいや」
「左様でございますか。アクスファースとガレオールは残念ながら存じ上げておりません。お望みとあらば聞いて回りますが……」
「いや、そこまでしなくてもいい」
「お力になれず申し訳ありません。また何かありましたらいつでもお越しください。ゴードリー商会の出来得る限りのおもてなしをさせていただきます」
見送りのために店の外までついてきた初老の男性ゴードリーはしっかりと頭を下げた。
その様子を店内の店員や、道路の通行人が珍しそうに見て、それから頭を下げられているラオを見る。
ラオは視線を気にした様子もなく、ゴードリーを見下ろしていた。
「ああ、なんかあったらまたよろしく頼むわ。……そういえば、ドフリックって言うドワーフ知ってるか?」
「存じております」
「どこにいそうとか分かるか?」
「そうですな、最近は北区の酒場に入り浸っているようですよ」
「そうか、分かった。ありがとな」
「こちらこそ、ありがとうございました」
ゴードリーに見送られながら、ラオは北区を目指して歩き始めた。
その背中が見えなくなるまでずっと、ゴードリーは店先で頭を下げ続けていた。
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