幕間の物語91.人見知り奴隷は知らないふりをして受け取った
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シズトたちが住んでいるドランにある屋敷のすぐ近くの別館で、痩せぎすな男は生活していた。
肌は病的なほど白く、身長も低いため後ろ姿を見ると子どものように見える彼だったが、すでに成人を迎えている立派な大人だ。
ノエルだけでは廉価版の魔道具の供給が追い付かないので、シズトに買われたその奴隷の名前はボルドという。
ダンジョン産の魔道具を入手したボルドは、街中で魔道具を起動し、暴発事故を起こしてしまった。その時に発生した賠償金を払いきれずに奴隷落ちした。
彼はそれまで研究一筋だった事もあり、ひょろっとした体型だった。
鉱山送りじゃなくても、知識を買われない限り自分の未来は暗いと悟っていた彼だったが、元来の性格もあり奴隷商にアピールすることができずにいた。
ただ、タイミングよくどこかの誰かが魔道具に関する知識を持つ奴隷を欲していた事もあり、肉体を酷使するような仕事をする事もなく、それまでよりもむしろマシな生活を送っていた。
寝食を忘れて研究をしていた事もあったが、現在は規則的な生活を送っている。
ふかふかのベッドで目を覚ました彼は、奴隷とはこういうものだったのだろうか、等といつも疑問に思いつつも肉体労働をさせられてはたまらないので、言われたとおりに過ごしていた。
ただ、そんな彼にも悩みがあった。
「………! 来る!」
ガバッと起き上がった彼は、窓から飛び出した。
彼の部屋は一階だった事もあり、地面を蹴って近くのトウモロコシ畑に頭から突っ込んだ。
奴隷になってから唐突に来襲する人物からいつも逃げ回っている事もあり、本館の屋根の上から早朝の警備をしていた狼人族のシンシーラは「またやってるじゃん」と呟くだけで気にした様子もない。
部屋の主が不在となった部屋に、小さな来訪者がやってきた。
勢いよく開け放たれた扉から部屋に入ってきたのはピンク色の髪が特徴的な人族のアンジェラ。髪と同色の真ん丸な目をきょろきょろと動かして部屋の周囲を観察する。
クローゼットや棚によじ登って上に誰かいないか確認している気配を魔力探知で感じ取っていたボルドはため息をつく。
彼は奴隷として働き始めた最初の方は家具の中や上に気配を消して隠れていたのだが、すぐに見つかってしまったのだ。にゅっと顔をのぞかせた幼い子どもの顔が今も忘れられない。
その時の事を思い出して冷や汗を垂らしていると、幼女が窓から身を乗り出してきょろきょろと庭を見回しているのを感じる。
ここで身動きをしては気づかれてしまうので、ボルドは息を殺してじっとしていた。
しばらくすると、幼女は「きょうもいない」と呟いて部屋から出て行った。
だが、ボルドはそこから動かない。
彼は知っているのだ。
これが、フェイクである可能性が高いと。
彼の読み通り、開け放たれた入り口の扉から静かに顔を覗かせる幼女がいた。
誰から習ったのか、魔力を消すのが上手くなりつつある。
「……落ち着いて仕事させてくれ……」
ボルドはトウモロコシ畑の中でそっとため息をついた。
部屋に運び込まれた奴隷の物とは思えない程豪華な朝食を食べた後は、彼は作業台に座って今日も魔道具をせっせと作る。
最近任されているのは廉価版の入浴魔石と沸騰魔石だった。
魔法陣を刻んで付与をする方法もできなくはないが、こっちの作業の方が作業速度が速く、一任されていた。
他の魔石に魔法を付与する魔道具はないのか気になる彼だったが、作業台につけられている引き出しの中には見当たらなかった。
奴隷ではなかったら見せて貰えるのかもしれない。
そう考えた彼は、もっといろんな魔道具を見たいという思いから昼食を食べずに日が暮れるまでひたすら魔道具を作り続ける。
集中するボルドに、部屋の隅から声をかける人物がいた。
「そろそろお嬢ちゃんが来るぞ」
「ん……そ、そうか。教えてくれてありがとう、トーク」
「気にすんな。俺とお前の仲だろ? 俺としては話し相手になってくれたらもっと嬉しいんだけどな」
部屋の隅に立てかけられたどこにでもありそうな鉄の剣は、シズトによって作られた意思を持つ魔剣だ。
ノエルが部屋に置きたくなかったからそっとボルドの部屋に置かれていた。
最初は話しかけられた際に情けない悲鳴を上げたボルドだったが、しばらく共に過ごすうちに慣れた。むしろ、魔道具という事で好奇心が勝った。
今ではボルドはトークと名付けられた魔剣の話し相手になり、トークはボルドが気づいていない来訪者の存在を伝える役をしていた。
ボルドが逃げ出してから少ししてワゴンを押しながら幼女がやってくる。
だが、案の定誰もいない。
壁に立てかけられた剣に興味を惹かれる事もなく、幼女は部屋の探索をした後、つまみ食いをし、母親に呼ばれて部屋から出て行った。
ボルドが部屋に戻ってくると、トークは言葉を発する。
「ホムラ様もそろそろ来るぞ」
「そ、そうだな」
流石に逃げる訳には行かないので、深呼吸を繰り返すボルド。
トークと話をしながら豪勢な食事を終え、ワゴンに食器を乗せて部屋から出すと作業を再開する。
魔道具化された照明の光を頼りに作業をしていた彼だったが、トークの声で我に返る。
「来たな」
「そ、そうか」
深呼吸を繰り返すボルドに対して何も言わないトーク。
しばらくして、音もなく扉が開いた。
床にまで着くんじゃないかと思うほど長く、まっすぐに伸ばされた黒い髪に、紫色の目を持つ少女ホムラが姿を現した。
ボルドのように病的ではないが、白くきれいな肌に人形のように整った顔立ちのホムラを見ると、別の意味でも緊張するボルドだった。
無表情の彼女の前に、今日の成果物を差し出す。
箱にたくさん詰め込まれた魔石を見て、ホムラは静かに頷いた。
「明日からはこれも作ってください。魔力を流して数秒後に魔石が燃えるので、取り扱いに気を付けるように」
「わ、分かりました」
最近新たに作られ、着火魔石と名付けられた魔道具を受け取るボルド。
引き出しの中に入っている事に気づいた初日に、机の上で試しに使って大惨事になりかけた彼は、魔力を流さないように気を付けつつ、作業台に置くのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
急遽用事が入ってしまったので、頂いた感想は日曜日くらいにまとめてお返しします。
ご了承ください。
 




