幕間の物語89.代理人はサポート役のつもり
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シズトが生活している屋敷はドラン公爵が治めるダンジョン都市ドランにある。
その屋敷の三階の一室に新しく住み始めたジューンは、以前使っていた物とは比べ物にならない程ふかふかのベッドの上で目を覚ました。
白い下着姿のまま寝ていた彼女は、まだ朝日が昇る前の静かな室内で、あまり物音を立てないように気を付けながら着替えを済ませる。
静かにドアを開けて、足音を立てないように気を付けながら廊下を歩き、調理場に向かうと既に明かりがついていた。
そこでは狐人族のエミリーが朝の支度を既に始めていた。
白い狐の耳がぴくっと動くと、彼女はゆっくりと振り向いた。
「エミリーさんおはようございますぅ」
「おはようございます、ジューン様」
「様は要らないですぅ」
「そういう訳にはいきません。私はジューン様の旦那様の奴隷ですので」
「そうですかぁ……」
ジューンはしょんぼりと肩を落としてとぼとぼとエミリーの方に近づいていく。
エミリーはそんな彼女を怪訝そうに見る。
「折角一緒に働く人ができたのにぃ、仲良くできないのは残念ですぅ……。今までほとんど独りぼっちで働いていたのでぇ」
「……では、二人の時だけはジューンさんと呼びます」
「私なんかにぃ、さんも要らないですぅ。気軽にジューンと呼んで欲しいですぅ」
「……そちらも敬語をやめて呼び捨てで呼ぶならそうしましょう」
「分かりましたぁ」
ニコニコと笑みを浮かべているジューンを見て、困った様子で笑うエミリー。
ジューンはエプロンを身に着け、腕まくりをするとエミリーの様子を観察しながら適宜調理の補助をし始めた。
そんなジューンを見ながら、エミリーは作業をしつつ気になった事を尋ねる。
「どうして足音を消して屋敷内を歩いていたの?」
「はぃ?」
「今もそうだけど、起きてからずっと物音を立てないようにしてるじゃない」
「あぁ、癖ですぅ」
「敬語」
「あぁ、すみません~」
困った様に笑いながら頬をかくジューンは、エミリーに促されて続きを話し始める。
「極力他の人の気分を害さないように生活してたのぉ。ずっと昔から朝の準備も任されてたんだけどぉ、物音で誰か起こしたら怒られちゃうからぁ」
「……そう。ここじゃ怒る人いないと思うわよ。っていうか、むしろ夜の警備をしているシンシーラが気にしてるみたいだったから、しないようにした方が良いかもしれないわ」
「そうなのねぇ。迷惑をかけたくないからぁ、気を付けるわぁ」
「そういう意図で言ったわけじゃないんだけど……まあ、いいわ」
エミリーは嘆息すると、朝食の準備に集中する事にした。
準備が全て終わると、エミリーは配膳などをジューンに任せようとしたが、ジューンは首を傾げて不思議そうにしている。
「エミリーのお仕事よねぇ? 私はお手伝いをするように言われてるのぉ。王様が来た時大変だったって、シズトちゃんが言ってたわぁ」
「え、でも……シズト様の婚約者なのに、シズト様の配膳とかしなくていいの?」
「エミリーが配膳をしたいならすればいいと思うのぉ。私は、エミリーが苦手な事や、やりたくない事を代わりにするために、シズト様が受け入れてくれたと思うのぉ」
「シズト様がそう言ったの?」
「言ってないわぁ。それに、シズトちゃんはとっても優しい子だから、聞いても本当の事は言ってくれないと思うのぉ。でも、行き遅れでこんな体型の私が選ばれたのはそういう理由かなって思うわぁ」
「そんな事ないと思うけど……まあ、私がとやかく言っても解決しないわね。シズト様に頑張ってもらいましょう」
エミリーが肩をすくめると、ジューンは不思議そうに首を傾げた。
その後は気を取り直して二人で朝食の準備を終え、普段よりも早く終わってしまったのだった。
シズトはノエルと一緒に外に出かけてしまったので、朝食後の片付けが終わると夕食の時間になるまで暇になる。
食材の買い出しは安全面の事を考え、ホムラとユキに一任されており、エミリーたちが敷地外に出る事はほとんどない。
調理場を清潔に保つために清掃をしていたのだが、ジューンが加わった事でやはりすぐに終わってしまった。
やる事がなくなったエミリーは、シズトから支給されているアイテムバッグを背負うとジューンを連れて、屋敷の外に出た。
屋敷の裏手側にある家庭菜園に着くと、エミリーはアイテムバッグから魔道具のじょうろを取り出して自分の畑に水を撒く。
「ここの畑、エミリーのものなのぉ?」
「ええ、そうよ。好きな物を育てていいって言われてるわ。ジューンも空いている所を耕して好きな物を育てるといいわ。ああ、耕す時はこの魔道具を使うのよ。使い方はこうするの」
エミリーはアイテムバッグから魔動耕耘機を取り出すと、実際に使って見せた。
便利な物もあるんだなぁ、と過去の孤児院でしていた農作業の手伝いと比較するジューン。
日常的な事は精霊魔法ですべてこなせるようにしていた彼女だったが、地形に影響を与えるほどの魔法は使えないため、古びた農具で耕していたのを思い出した。
ジューンはエミリーのように魔道具を使って、自分の畑の予定地を耕す。
「これが普及するとぉ、あの子たちも農作業のお手伝いちゃんとしてくれるかしらぁ」
ジューンは物憂げな表情で、全部自分に押し付けていた孤児院の子どもたちや、同僚たちの事を思い出し、小さな声で呟いた。
ただ、エミリーは作業に集中していたため、その呟きには気づかなかった。
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