幕間の物語87.ロリエルフは観察した
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シズトたちの屋敷のすぐ近くにある小さな使用人用の別館で、ジューロは朝を迎えた。
未だに慣れない広さの部屋や、柔らかく寝心地の良い寝具に戸惑いつつも、彼女は身だしなみを整えた。
ユグドラシルの家から持ってきた荷物を漁って、紺色のワンピースに袖を通す。
朝ご飯は何にしようか、と彼女が思案していると扉がノックされて、扉の向こうから元気な声が聞こえてきた。
「ジューロちゃーん。あさごはんだよー」
「朝ご飯?」
はて、一緒に食べる約束をしていただろうか、と彼女は首を傾げながらも扉を開けた。
朝から元気いっぱいのピンク色の髪の幼女が立っていた。
アンジェラは、どうやら背丈が同じくらいの女の子がやってきて嬉しいらしい。
朝からハイテンションなアンジェラがジューロの小さな手をギュッと握ると駆けだす。
慌ててジューロも引っ張られながら走り出した。
広間に着くと、大きなテーブルに食事が並べられているところだった。
アンジェラの母であるシルヴェラが、アンジェラをチラッと見て注意した。
「アンジェラ、廊下は走っちゃダメって言ってるでしょ」
「ごめんなさーい。ジューロちゃんおこしてきたよ!」
「あら、ジューロさんおはようございます。食事の準備はそろそろ終わるので、座って待っててもらっていいですか?」
椅子を引かれたのでそこに座れという事だろう、と判断してジューロは、ちょこんと椅子に座った。
アンジェラは用意されていた浮遊ワゴンを押してボルドの部屋に向かって行った。
残されたジューロは、アンジェラの父であるスキンヘッドの男、アンディーと同じ机を囲む事になった。
「………」
「………」
プルプル震えながら縮こまっていると、勢いよく扉が開かれる。
驚く彼女を気にした様子もなく、中に入ってくるのはずんぐりむっくりとした体型のドフリックを引き摺ったドロミーだった。
ドフリックはいびきをかいて寝ている。
シルヴェラはその様子を呆れた様子で見て、ため息をついた。
「ドフリックさんは昨晩も遅くまで飲んでたの?」
「そう。娘として恥ずかしい。パパン、いい加減起きて」
「親方……と、呼べ……」
「……ダメみたい」
ドロミーは諦めてドフリックの両足首を手放すと、ジューロの隣の席に腰かけた。
それまで目を瞑って腕組をしていたアンディーがゆっくりと目を開くと、おもむろに立ち上がり食器棚にしまわれていたティーカップを取ると、ジューロとドロミーの前に並べた。
それから美味しい紅茶が魔力を流すだけで淹れられる魔道具を使って、容器に紅茶を注ぐ。
「ありがと、アンディー」
「あ、ありがとうございます!」
「………」
アンディーは見た目は厳ついし言葉は少ないが、眼差しは柔らかかった。
そこまで怖がる必要はないかも、と思いながらジューロは紅茶を飲んで気を落ち着かせるのだった。
食後、ジューロはノエルに会うため、本館を訪れていた。
アンジェラがその後ろをついて歩く。
日向ぼっこをしているドライアドたちに見送られながら本館まで移動して、大きな扉をくぐり、長い廊下を進んで突き当りの部屋の扉を叩いた。
「ノエルちゃん、いつもへんじしないよ?」
「そうなんですね。いつもどうしてるんですか?」
「かってにはいってるよ」
ドアノブを回して扉を開くと、ノエルが作業台でせっせと作業をしていた。
誰かが入ってきたのに気づいた様子もなく、ランプに魔法陣を描いている。
アンジェラは靴を脱いで室内にずんずん入っていき、ベッドメイクされていない生活感の漂うベッドに腰かけた。
ジューロも靴を脱いでノエルに近寄った。
ただ、いつまで経ってもノエルは反応しない。
「あ、あのー……ノエル、さん?」
「…………ん? ああ、ジューロっすか。ノエルでいいっすよ。ボクは奴隷っすし」
その奴隷のハーフエルフが、奴隷ではないジューロとボルドのまとめ役なのはいいのか、とノエルは感じていたが、シズトが「やって」と言ったので大人しく従っている。
シズトは怖くないが、シズトが作った魔法生物は怖いノエルだった。
「私は何をすればいいんでしょう……?」
「ホムラ様から指示されてないんすか?」
「特に何も言われてないです」
「んー……じゃあ、とりあえずそこの邪魔な机の上に置いてある魔道具のどれか、模倣品を作る練習しててもらっていいっすか? 材料や道具は足りなかったら引き出しの中に入ってるはずっす」
部屋の中央で金色に輝くちゃぶ台の上には入浴魔石や魔動耕耘機などが置かれていた。
見た事がない魔道具に目を輝かせて、ジューロはちゃぶ台に飛びつくと、ジーッと観察を始める。
小さな声でブツブツ喋りながら食い入るように魔道具を見つめているジューロを見て、ノエルは小さな声で呟いた。
「ボクもこんな風に見られてるんすかね。……ちょっとは気を付けるっす」
アンジェラはその言葉を聞いて、次の瞬間には忘れてそうだな、と思ったが口を噤んで持ってきた本を開き、文字の勉強をするのだった。
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