幕間の物語86.奴隷たちの思い
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シズトが生活している本館で暮らす奴隷たちは、シズトが寝てから入浴をしていた。
今日もまた、広い浴室に四人の奴隷が疲れを癒すためにいる。
仲良く四人並んで体を洗っていたが、尻尾を入念に洗っている狐人族の少女エミリーが、ため息をついた。
白い髪と同色の尻尾をかれこれ十分以上洗っている。
その様子をエミリーの隣で、長い金色の髪を洗っていたエルフの奴隷ジュリーンが横目で見ていた。
ただ、彼女は何も言わずに、長い金色の髪の手入れをしていた。
いつもと様子の違うエミリーに声をかけたのは、奴隷のまとめ役としてシズトに信頼されている人族のモニカだった。
「……ジューンさんの事で悩んでるんですか?」
「!? べ、別に悩んでいるとかじゃないわよ!」
「じゃあなぜそんなに驚いているんですか?」
「いきなり話しかけられたら驚くでしょ!」
「……そういう事にしておきましょう」
話したくないのであればわざわざ聞く必要はない、と判断したモニカは体を既に洗い終わっていたので、シズトが新しく作った電気風呂に向かって行った。
エミリーはそれを見送ると、しばらくしてからため息をついた。
「ジュリーンは、いいの?」
「何が?」
「シズト様の新しい婚約者があのエルフで」
「シズト様がお決めになった事だし、良いと思うわ」
「エルフが婚約者になっちゃったら、余計にシズト様に手を出してもらえなくなるとか考えないの?」
「んー、私は別に手を出されないなら、それならそれでいいかなぁ、って思うわ」
ジュリーンは髪についた泡を入念に洗い流しながら、言葉を続けた。
「ダーリアもそうだと思うけど、私たちは貴方たちと違って長生きだから。その少しの間、奴隷だったとしても百年後には奴隷から解放されるのは分かってるし。そうよね、ダーリア」
ジュリーンの隣で褐色の肌を白い泡で覆いつくしていたダーリアは、話を振られるとすぐに首を縦に振った。
「ん。シズト様、待遇いい。返済もすぐ終わる。解放の日は近い」
「まあ、近いと言っても、私たちの感覚だけどね。シズト様に愛されたらそれだけ早く奴隷から解放されるだろうってのは分かるんだけど、その後の事を考えると私からは積極的に求めないわ。もちろん、シズト様がお求めになったら応えるけど……」
「残されるの辛そう」
「子どもができても私たちよりも早く死んでしまうでしょうし、それに耐えられるか分からないわ。そういった意味では、ジューン様には同情するけど……そこら辺は彼女も覚悟しているでしょうね」
ジュリーンは魔道具で泡立てると、そっと白い肌につけていく。
その様子をエミリーはじっと見ていた。
「エミリーは何が不安なの? 手を出されなくなるから? でも少なくとも、奴隷である間はシズト様、手を出さないと思うわ」
「やっぱりそうよね……でも奴隷から解放されたらここに残る事ができるのか分からないし……」
「シズト様、優しい。望めば残してくれるかも」
「ただ、シズト様のお立場とか、私たちを買った経緯とか考えると周りがどう動くか読めないわよね。調理担当としてジューン様が来たから、別館の方で働いて、とか普通にあり得そうよね」
「ん、きちんと伝えないと普通にそうなると思う」
ダーリアは白い泡をお湯で流し終えると、話の途中だったが浴槽に足を向ける。
ジュリーンもその後に続いて、二人とも普通のお風呂に入った。
残されたエミリーはしばらく考え込んでいたが、尻尾の泡を洗い落とすと二人の後を追った。
翌日、朝早くから朝の支度をしていたが、ジューンはやって来なかった。
彼女を待つべきか悩みつつも、いつまで経ってもやって来なかったので朝食の準備をしていたのだが、結局すべての準備が終わるまで彼女はやって来なかった。
エミリーは何とも言えない気持ちのまま、食堂に入ると既に他の同居人たちが食卓を囲んでいる。
彼女らの前に食事を並べながら、手伝ってくれたモニカにそっとジューンの居場所を尋ねた。
奴隷だけではなく、シズトのサポートもしている彼女なら何かしら知っているだろう、と思ったからだ。
「ジューン様は、今日はシズト様のお世話係です。エミリーにも伝えたかと思いますが……その様子だと聞いてなかったようですね。心配事があるの分かりますけど、仕事に影響が出ないようにしてください」
「はい……」
しょんぼりと尻尾を垂れさせていたが、シズトが向かってきている足音が耳に入って、ピンッと耳も尻尾も立ち上がる。
耳を澄ませて聞くと、シズトの隣を誰かが歩いているようだ。
「おはよー、みんな」
室内に入ったシズトの第一声はいつも通りだった。
隣にはエルフらしからぬ体型のジューンもいて、彼女はエミリーと視線が合うとぺこりと頭を下げた。
エミリーも礼を返して、シズトの食事の配膳をする。
ジューンはどうしようかおろおろして迷っている様子だったが、モニカに何か言われて自分の席に座った。
一通り配膳が終わると、いつもの掛け声と共に食事が始まる。
壁際に控えてその様子を見ていたエミリーの隣にモニカがやってくる。
「ジューン様は今日はシズト様のお世話係だから、あなたはいつも通り仕事をしなさい。明日以降の事は、また明日話し合いなさい」
「……分かりました」
いつも通り、シズトの食事の準備をできる事に喜びを感じつつも、エミリーの尻尾は元気がない様子で垂れ下がっていた。
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