幕間の物語72.元引きこもり王女はしれっと爆弾を投下した
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ファマリアの冒険者ギルドに、相応しくない身なりの人たちが相対していた。
片方はレヴィアで、露出の少ない白いドレスを着ていたが、それでも豊満な胸部が目立っていた。無礼にならないように気を付けつつも、チラチラと冒険者たちが盗み見ている。
金色の髪は顔の横辺りで縦ロールになっていて、その毛先を指で弄っていた。
青い目は興味がなさそうにギルドの出入り口で仁王立ちをしている黒髪の少年に向けられている。
「……貴方は、もうその呼び方をする資格はないのですわ、ユウト様」
ユウトと呼ばれた黒髪の少年は、苛立たしさを隠そうともせずに、眉間に皺を寄せている。
日本人離れした端正な顔立ちだが、黒い髪に黒い目という事もあり、レヴィアの近くで静かに立っていたシズトに日本人を連想させた。
そのイメージをレヴィアは加護で読み取り、シズトの方を向いて小さな声で説明する。
「名前はシズトに似てるのですわ。ただ、彼はシズトたちの世界の人じゃないですわ」
「そうなの? じゃあ祖先に勇者がいるとか?」
「そうですわね、モニカと同じですわ。ただ、モニカと違って、優秀な加護を授かっているのですわ」
こそこそと小声で二人がやり取りをしている間にもユウトがずかずかと近づいて来る。が、途中で近衛兵たちが割って入った。
「なんだお前ら、王女の婚約者だぞ俺は!」
「もう婚約は解消したと思うのですわ」
「俺は了承してねぇ!」
「私に嘘が通用すると思っているのが片腹痛いのですわ」
グッと何か言いたげな表情で黙るユウト。彼の視線がレヴィアからその近くに立っていたシズトに向かう。
ただ、レヴィアは彼が何かを言う前に口を開いた。
「シズト、紹介するのですわ。こちら、私の元婚約者のユウト・フォン・ドラコ。ドラコ侯爵の息子ですわ。……立場を弁えて待っていたユウトにも一応紹介するのですわ。こちら、シズト。このファマリアを治める人ですわ。最近何かと話題になってる人ですわ」
「話題になりたくてなってるわけじゃないんだけどなぁ」
「それで? 手紙をわざわざ送ってきて、くだらない事を伝えてきたと思ったら今度は直接会いにここまで足を運んだのですわ?」
首を傾げて不思議そうに尋ねるレヴィアを睨みつけ、ユウトは口を開いた。
「手紙を読んでるんだったらなぜ返事を書かない!」
「書く必要性を感じなかったからですわ。それと、立場を弁えて発言してほしいのですわ。本来だったら、そちらから声をかける事そのものが良くないのに、これ以上自らの立場を揺るがすような行為は避けた方が身のためだと思うのですわ」
「!? やっぱりお前が裏から手を回してたのか!」
「見当違いも甚だしいですわ。私は、あなたがそれで幸せになるならと、婚約解消をしてもらったのですわ。実際、恋焦がれていた女性とはお付き合いしていたのですわ? ああ、捨てられてしまったのですわ? 可哀想ですわー」
「それもこれも婚約解消されて、俺は跡継ぎの候補から外されたせいだ! 俺は長男で、加護を二つも持っているんだぞ! お前が親に泣きついてそうするように圧力をかけたんだろ!?」
「そんな事をしても私に何のメリットもないからしないのですわ。候補から外されたのは、ただあなたの弟たちが優秀だったとか、そんな理由だと思うのですわ」
後は王女と婚約解消になり、レヴィアが侯爵家に嫁ぐ事がなくなり、王族の仲間入りを目指して婚約者決めの時に争った彼の父親の努力が水の泡になってしまった事も少なからず関係があるのだろうが、レヴィアは言わなかった。
「それに、有用な加護でよかったのですわ。継げなくても軍に入るなり、冒険者になるなりやりようはいくらでもあるのですわ」
「……どうあっても、手紙の内容を承諾する事はないんだな」
「そうですわ。だって、今の私はお慕い申し上げている方がいらっしゃるのですわ」
毛先を弄んでいた手と逆の腕をシズトの腕と絡める。
慌てるシズトを楽し気に見上げながら、レヴィアはギュッと腕に抱き着いた。
「人の心は移ろうもの、と誰かが言っていたのですわ。いつまでも、あなたを慕っている少女がいるとは思わないでほしいのですわ。まあ、そもそも先に貴方の心が私から離れて行ったのですけれど」
俯きながらぷるぷると震えていたユウトだったが、スッと顔を上げて怒りによって染まった赤い顔で、シズトを睨みつけた。
睨みつけられたシズトは、別の理由で真っ赤な顔だった。
何が起こっているのかよく分かっていない様子で視線が彷徨っている。
「……シズト、とかいったな」
「あ、はい」
「お前に、勝負を申し込む!」
酒場の方で静かに見守っていた冒険者たちの野太い声が囃し立てるように大きく上がった。
だが、シズトはそんな反応を全部無視して、精一杯大きな声で返答をする。
「謹んでお断りしますー」
今度はシズトに対するブーイングが広い屋内に広がった。
それでも、シズトは繰り返し断りの文句を言い続けた。
レヴィアは静かにその様子を見ていたが、不意にユウトと視線が合うと顔を顰め小さな声で「それは卑怯なのですわ」と呟く。その呟きに近くにいたドーラが気づいてレヴィアを見る。
ユウトはにやりと笑って、シズトに視線を戻すと、レヴィアを指差しながら言葉を続けた。
「お前が勝てばレヴィを好きなようにすればいいさ。だが、俺が勝ったらレヴィは俺が貰う!」
「レヴィさんは物じゃないですー! っていうか、レヴィさん周りを煽ってないで止めてよ!」
「大丈夫、シズトは負けないのですわ!」
「負けるから! 普通に負けるから! まじであっさりと普通に負ける未来しか見えないから!」
「勝負の方法はまた追って連絡する。首を洗って待っていろ!」
言いたい事だけ言うと、ユウトは冒険者ギルドを出て行ってしまった。
残されたシズトは慌てふためいているが、レヴィアとドーラは落ち着いていた。
シズトを宥めているレヴィアに、ドーラがボソッと囁く。
「祭りの見世物」
「そうですわね。どうせやるしかないのなら、今度やる祭りに組み込んでやるのですわ!」
「神前試合」
「それもいいですわね。どうせなら他の人も巻き込んで大会にしても面白そうですわ。ちょっとラオたちに伝えてくるのですわ~」
何か行動を起こさないと、湧き上がってくる不安が表に出てしまいそうだった。
もしもシズトが負けてしまったら?
レヴィアはそんな思いを置き去りにするかのように、階段を駆け上がっていった。
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