幕間の物語4.全身鎧と異世界転移者
ドラゴニア王国の南に位置するダンジョン都市ドランにある『猫の目の宿』に宿泊客が一人増えた。
美味しいご飯で人気のある宿だったが、その宿泊客は素泊まりで連泊をしていた。
宿の中でも全身鎧を身につけ、誰も素顔を見た事がなかった。
その全身鎧の宿泊客はドーラと名乗り、朝早くにどこかに出ていき、夕方頃に帰ってくる事が多い。
ドーラは今日もどこかから帰ってきて、ご飯を美味しそうに食べている黒髪の少年――シズトを一瞥した後、ガチャガチャと音をさせながら自分の泊っている部屋へ戻る。
部屋に入り、鍵を閉めると、やっと兜を取った。
美しくきれいな金色の髪は短く切り揃えられている。
目鼻立ちは整っていて、形のいい眉に長いまつげ。
宝石を思わせるような青い瞳は、眠たそうな印象を相手に与える目つきだった。
鎧を脱ぎ捨て、鎖帷子も放り捨てた。
雪のように白く柔らかそうな肌を惜しげもなく晒した彼女は部屋の隅にいた使い魔の鳥に目を向ける。
「伝言を」
「くぇー」
何とも情けない鳴き声でその鳥が鳴いた後に、ドーラは鳥に向けて話し始めた。
「対象との接触後、特に進展なし。冒険者ギルドが囲い込みをしている模様。ギルド側は加護持ちと思っているだけ。護衛はBランク冒険者『鉄拳』のラオ。こちらを警戒している模様。対象に害意を持っている様子なし。対象はランクがもうすぐ上がるはず。その時に再度接触予定。終わり」
「くぇっ」
ばさばさ、っと羽ばたきドーラが窓を開けると領主の館の方へと飛んでいった。
ドーラはそれを見送るとすぐに窓とカーテンを閉め、部屋に置きっぱなしにしていた荷物から携帯食料を取り出し、もそもそと食べ始めた。
それから数日後、シズトが昇格試験の話をされ、一階で悩んでいる様子を察して三階からガチャガチャと音を立てながら一階へ向かうドーラ。
一階に降りると、机を囲んでいる二人組に向かって真っすぐ進んでいく。
赤い髪の女性――ラオは警戒しているのかドーラを鋭く睨んでいるが、ドーラは気にした様子もなく近くの机から椅子を拝借し、同じ机を囲んだ。
「ダンジョンの話?」
「え、あ、はい」
「ランク上がった?」
「はい」
「そう。じゃあパーティー入れて」
「ちょっと待て」
ラオが眉間に皺をよせ、二人の会話を止めた。
シズトはビクッとしていたが、ドーラはそれを予想していた様子で特に反応すら見せなかった。
「なんでお前を入れなきゃいけねぇんだよ」
「あなたには守りは向いてない。盾役の私が最適」
「んー、でも僕が行くの『はじめのダンジョン』なんですけど、いいんですか?」
武器を使わずに己の拳だけですべてを解決してきたBランクの女性冒険者は有名だった。
その戦い方は敵に一番最初に突っ込んでいき、攻撃を避けつつ自らの拳で敵を屠るものだった。
それと比較したら自分の方が身辺警護ができる自信がドーラにあった。
幸い、シズトの反応は悪くない。
売り込むならここのはずだ。ただ、嘘は後々判明したら関係が悪化してしまう恐れがあったので、ドーラは正直に受け答えをする事を心掛けた。
「問題ない」
「ドーラさんに得とかあるんですか?」
「魔道具師とのつながり」
「なるほど。まあ、いいんじゃないですか?」
「おい!」
「ラオさんも言ってたじゃないですか。相当の手練れだって。だったら味方になってもらった方がいいんじゃないですか?」
「どこの誰かもわからねぇ奴をパーティーに入れるのを見過ごせねぇ立場なんだよ、アタシは!」
「誓文を交わしてもいい」
誓文は精霊を介した契約の一種で、その効力の強さから貴族同士や国同士の約束を証明するために使われるもののうちの一つだ。
ドーラが懐から出した誓文書の内容をラオが確認すると、何も言わずに不機嫌そうに座った。
後は、本人を説得すれば接触成功だ。
「これを交わせば解決」
ドーラの発言が後押しになったのか、シズトはすらすらと自分の名前を書いて、それをそのまま返そうとしてきた。
「預かってて」
ドーラがそういうと、シズトは首を傾げて不思議そうにしていた。
その後は、今後の方針などを含めて軽く確認した後、ドーラだけ部屋に戻った。
部屋に戻り鎧を脱ぎ捨て、今日も部屋の隅にいた使い魔の鳥に伝言を託す。
「接触成功。対象と誓文を交わした。その際、誓文について知らなかった様子。最後の転移者の可能性がより高まった。ただ、トラブル回避のため、今後少しずつこの世界の常識について伝えていく必要がある。おわり」
「くぇっ」
ドーラは鳥を見送ると、下着姿で武器の点検をして夜が更けていった。
一週間後の夜、ドーラはまた使い魔の鳥に伝言を託していた。
「対象が作成した魔道具はどれも優秀な物だった。地図は自動でダンジョンの一階層分の地図が浮かび上がり、魔力に反応して生物の居場所を表示するもの。今後のダンジョン探索が楽になる。かなりの魔力を消費する魔道具のため、ポーターの需要が増える事も見込まれる。灯りはスライムの魔石でつく魔道具。どういう仕組みか謎だが、一定距離を浮いてついてくる。スライムの魔石の使い道がまたできた。また、ダンジョン外で使った浮遊台車は冒険者ギルドに優先的に販売している模様。乗り物としても活用できそうな物だった。魔道具については以上。その他、ダンジョンで魔物が増えているように感じる。注意されたし。おわり」
「くぇっ」
使い魔の鳥を見送り、窓とカーテンを閉め、ドーラは今日の一日の戦果について考える。
シズトはラオの力がすごかったから、と考えていたが的確に魔物が溜まっている部屋を効率的に回っていた事があれだけの量のスライムを倒した理由の一つだった。
通常の駆け出しであれば、まず第一階層で迷って二時間ほどさまようのは当たり前。
もっとひどければ帰れずに数日後に帰還する事もある。
地図を見て歩いただけで半分以上時短して二階層に進み、二階層も争いを避けて三階層に同じ時間でついてしまっていた。
あの地図が出回ったら魔物の魔石の供給量が増え、迷う冒険者も減って無駄死にする事もなくなる。
「魔力さえ何とかなれば」
ドーラがため息交じりに呟く。使ってみたが結構な量の魔力を持っていかれたので駆け出しの冒険者には難しいと、ドーラは判断していた。
ドーラはそこで考えるのをやめて、寝る事にした。
難しい事は報告を受けた者が勝手にするだろう、と思考を放り投げていつもよりも早く布団に入った。
ただ、使った事もない魔道具をたくさん使って、興奮していたのか、なかなか寝付けないようだった。
数日後、またドーラは部屋で使い魔の鳥に向けて伝言を託していた。
魔道具について早口で話をしていたが、彼女はハッとして、一度深呼吸する。
その後、話を再開した。
「あと、対象は血が苦手。また、被害にあった冒険者たちを見て、心が折れたようにも見えた。そのため、ラオの指示もあり彼女を置いて退却した。だが、退却途中に考えが固まったのか、加護の力を利用した作戦を立案し提案された。本当に可能であれば、変異種の対応も問題ないと判断したため、冒険者ギルド側の護衛と共闘し、ゴブリンキングを討伐した。【加工】の加護は大変有用で、対人戦に特化した戦い方も可能なように思う。ただ、対象は争いを好まない性格だからか、魔物を殺す事はなかった。生産関係で力を発揮してもらった方がドラゴニアの利益につながるはず。おわり」
「くぇっ」
使い魔の鳥を見送って戸締りをすると廊下に出て、ガチャガチャと音を出さないように気を付けてシズトの部屋の前に立つ。
中の気配を探るも、特に物音はしない。
ただ、宿屋の主人がシズトをこの部屋に押し込んでいたのと、魔力の反応は感じた。
普段なら廊下に出るとラオが部屋から出てきていたが、ラオは事後処理で今この場にはいなかった。
ドーラは、次の日の夜明け前まで、シズトの部屋の前でずっと立っていた。
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