幕間の物語57.魔女と衛兵長と商会の娘
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ダンジョン都市ドランの中央通りから、少し外れた北西の住宅街の中にサイレンスという店があった。
一定の品質の魔道具が、庶民向けのお手頃価格で買えるため、ドランに暮らしている人々の間に魔道具が普及しつつある。
サイレンスの店内は、雑然と物が置かれていて、通るのにも気を付けなければいけない状況だった。
ただ、そんな状況でも店主と思われ始めているユキは気にした様子もない。
気だるげな様子を隠そうともせず、机に突っ伏している。
その彼女に話しかけるのは、衛兵の格好をした衛兵長だ。
彼は魔道具の隙間を縫うように移動して彼女の前に立つと、声を発した。
「偽りの水晶はまだ手に入らないのか?」
「ああ、隊長さんか。仕方ないだろう? まだ帰ってきてないんだから。その事は貴方の方がよーく、ご存じでしょう?」
彼が依頼してからもう三週間が経っている。魔道具師であるシズトがドランを離れて一カ月程だ。ユキは主人であるシズトに構って貰えていない事もあって、接客態度がどんどん悪くなっていた。
頬杖をつき、目を細めて衛兵長を眺めるユキ。
衛兵長は小さく頷いた。
「まあ、多少はな。急いではいないが、早くに手に入った方が助かる」
「手紙でも出した方がいいかしら?」
「いや、そこまでしなくていい」
(なんだい、それだと手紙を出す口実にならないじゃないか)
眉間に皺を寄せて、ため息をつくユキを不思議に思いつつも衛兵長は話を続けた。
「帰ってきた時に伝えてくれるだけで十分だ」
「分かったわ。そのくらいならやっておくわ。それで、本題はなんだい? まさか、それを言うためだけに来たわけではないんだろう?」
「いつもの入浴魔石と沸騰魔石の買い出しをしに来たんだが、給料が入ったからね。何か有用な魔道具があれば個人的に買おうかと思って」
「そうさね。安価な物だったら浮遊ランプが良いんじゃない?」
「それはもう公爵様から二人に一つ支給されている。巡回の時に活用させてもらっているよ」
「そう……ならパラライボールはどうかしら?」
ユキが緩慢な動きで杖を振ると、彼女の後ろにあった大きな棚の引き出しの一つが勝手に開く。
そこからふわっと手の平にすっぽりと収まるガラス玉が、彼女と衛兵長の間の机の上に降りてきた。ガラスの中に魔法陣が複数重なり合って、複雑な文様を描いていた
「これは?」
「魔道具師が気まぐれで作った作品の一つでね。魔法陣に魔力が込められた後に割られたら、周囲に雷魔法の『パラライズ』が炸裂するらしい。ただ、私は試した事がないから効果は知らないけど。雨の日は気を付ける事さね」
「なるほど」
衛兵長は少し考える素振りを見せた後、結局購入する事にしたようだ。
金貨のたくさん入った財布を取り出した。
翌日、さっそく逃走中の犯罪者に投げて使った衛兵長は、ユキにこう言った。
「あんいがいおういら」
「私の知った事じゃないさね」
ユキは半目で痺れの影響が残っている衛兵長をチラッと見たが放っておいて、物陰からこっそり自分たちを見ていた少女に視線を向ける。
店内は魔道具である冷風機のおかげで涼しいが、外は暑い。
それなのに、その少女は暑そうに汗をかいているのに、長袖のワンピースを着ていた。スカート部分も長く、靴下も長くて黒い物を履いていて、肌の露出が少ない。真新しい服を着ているから、裕福な家庭の娘の様だ。
衛兵長もその少女に気づいて場所を譲り、店から出て行った。
「商人の娘さんが、何の用だい?」
「!? 私の事、知ってるんですか?」
「まあ、いろいろ話が集まってくるからねぇ」
無くならない飴を貰うために、たくさんの子どもたちと甘いもの好きの女性たちがやってくる。大人ともなればいろんな噂話を知っているため、ユキは有力者の家族構成程度であれば知っていた。
「貴女の悩みも、ね」
そう言うと少女は頬を紅潮させて下を向いてしまった。長くて茶色の前髪が彼女の目を覆い隠す。
机に伏していたユキは、体を起こしてその少女を真っすぐに見た。
「その悩みの解決手段を、探しに来たのかい?」
「! ……はい」
消えてしまいそうなか細い声だったが、ユキはその返事を聞いて頷くと杖を振る。
彼女の後ろにあった棚の端の方の引き出しが開くと、白くて細長いタオルが出てきた。そのタオルには魔法陣が小さく描かれているが、それ以外はどこにでもありそうなタオルだった。
「それが……?」
「そう、除毛タオル、とでも名をつけようかしら。魔道具師が『生やす方に需要があるなら無くす方にも需要あるかな』って思い付きで作った代物さ。同居人の高貴な方が『そういう物だと知られないように、魔法陣は小さい方がいいのですわ!』って意見を取り入れて小さく魔法陣が描かれてるわ。魔力を込める時はここを触らないとダメよ。魔力を流しながら、処理したい部分を拭くだけ。それでごっそりと抜けるさ」
「く、ください!」
どん、と金貨の詰まった袋を机に置く少女。
その子の手に除毛タオルを載せて、袋の中から金貨を代金分抜き取っていくユキ。
ただ、それを待たずに少女は店から出て行ってしまった。
「……まあ、また戻ってきたときに渡せばいいか」
念のために背後の大きな棚の引き出しにしまって保管したが、少女は次の日には戻ってきた。
ノースリーブのシャツに、短いスカートを身に付けた少女は、その愛らしい見た目から周囲の注目を集めているが、それを気にした様子もない。ただ、ちょっと困っている様子だった。
「あの……毛を生やす魔道具ってありますか?」
「あると言えばあるけど、今度はそれが必要なのかい?」
「はい。ちょっと魔道具を使ってた時にバカにしてきたお兄ちゃんを、タオルで叩いちゃって……頭が……」
「そう、それは可哀想だね。ほんと、可哀想に。増毛帽子はお貴族様たちがご所望で、入荷待ちの状況さ。まあ、その内生えてくるんだから、放っとけばいいさね」
「そう、でしょうか」
「そうさね」
その後、彼女の兄はしばらく家から出てきてないようだ、と噂話で聞いたがユキはどうでもよさそうに欠伸をしていた。
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