幕間の物語49.魔女と衛兵と偽りの水晶
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ダンジョン都市ドランの中央通りから少し外れた北西の住宅街の中に、紛れ込むかのようにあるサイレンスという店があった。
主に魔道具を取り扱っているその店では、一定の品質の魔道具が比較的安価に買えるとドランに暮らしている人々が足繁く通っている。
当初の予定ではこんな忙しいはずじゃなかったんだけどねぇ、なんて気だるげな様子でぼやく女店主代理のユキが、今日も店番をしていた。
全身をすっぽりと覆うローブを身に纏い、とんがり帽子を目深に被った彼女は、店内に視線を向けた。
雑然と物が置かれ始めている店内を、客たちが商品を壊さないように注意しながら欲しい物を探している。
その大人たちの隙間や、机の下を通って小さな子どもたちが、カウンターにやってきた。
ちょっと使い古した雰囲気のある服を着た子どもたちは、元ストリートチルドレンだ。
最近は浮遊台車を使って荷運びをする代わりに、領主が用意した住居で集団生活をしている。
そんな彼らは、カウンターに置かれていた水晶玉に手を乗せると話をしていく。
「明日は雨降りそう!」
「一日分ね」
「今日は降らなさそう」
「あなたも」
「最近暑くなってきたー」
「そうね。一日分」
「兵隊さんたち帰ってきたよ!」
「でも皆じゃないみたい」
「あなたたちは三日分くらいあげるから、他の子もこの子たちみたいな事聞いたらまたおいで」
ユキは子どもたちの話を聞いては魔力マシマシ飴を渡していった。
子どもたちは、それを受け取るとバタバタバタと走って外に出て行ってしまう。
それを見送ったユキは、ふと彼らについての噂を聞いたのを思い出す。
(魔力が多い子たちを公爵が囲い込んでいるようだけど、これは……一応ご主人様に伝えておこうかしら。ご主人様、小さな子の事を心配しているようだったし)
子どもたちは魔力マシマシ飴を舐めたり、浮遊台車を毎日のように使っているため、魔力が着実に増えている。それに目を付けるのはドラン公爵だけではない。下手な所に捕まるよりはいいだろうと思うが、彼女の主であるシズトがどう反応するかは分からないので、報告をする事にしたユキ。
メモに内容を残し、懐にしまい込む。
(これでご主人様と話す機会を作れるわね)
静かになった店内でそんな事を考えていたユキだったが、店の入り口が勢いよく開いて、近所に住んでいる夫婦が入ってきた。
雰囲気は険悪で、女性側がとても怒っている様子だ。
そばかすが特徴的なその女性は、カウンターまでずんずんと夫を引っ張って連れてくると、ユキにあるお願いをした。
「ユキさん、ちょっとそこの水晶玉借りてもいい?」
「何に使うんだい?」
「決まってるじゃない! この、浮気性のバカ旦那に使わせて白黒はっきりつけるのよ!」
「だーかーら! 俺は浮気なんてしてないって!」
「だったら、この魔道具に手を置いて私の質問に答えられるはずよね! この魔道具はね、嘘をついたら真っ赤に染まるけど、問題ないわよね!」
「ああ、問題ないさ。どんな質問だって答えてやんよ」
まだユキの許可を貰っていないが、夫婦はヒートアップして今すぐにでも魔道具を使いそうな雰囲気だ。
ただ、ユキは特に気にした様子もなくそれを眺めている。
「あんた、昨日の晩どこに行ってたんだい!」
「ちょっと知り合いのとこに行ってたって言ってんだろ!」
水晶玉に変化はない。それを見て女性はそんなはずはない、と質問を続ける。
「知り合いってどういう知り合いよ」
「最近酒場であって意気投合した男だって言ってんだろ!」
「……ユキさん、水晶玉が全然赤くならないけど、これ壊れてるんじゃない!?」
「いや、正常だよ」
ユキがそう言うと、女性はそんなはずはない、としばらく駄々をこねていたが、面倒になったユキが夫婦一緒に外に放り出した。
玄関の扉を閉めてカウンターに戻ろうと後ろを振り向いた瞬間、今まで成り行きを見守っていた女性客たちがさっと魔道具を見る。
「ちょっと乱暴にやりすぎたかね。それにしても、質問の仕方が甘いとしか言いようがないねぇ。あんな質問じゃこの魔道具の力を発揮できないっていうのに」
「では、どういう質問だったらよかったのでしょうか?」
ユキの独り言に、店内に残っていた衛兵が反応した。
この店に良く巡回の途中で入ってくる衛兵の一人だ。
「確認したい事を復唱させるのが一番手っ取り早いと思うわ。それこそ、さっきの夫婦なら『昨日は浮気をしていなかった』と言わせるとか。まあ、それも浮気と認識していないような人間だったら反応しないけど」
「なるほど。『妻以外の女と結婚後に寝た事がない』とかも良さそうですね」
「それだと普通に寝ただけでも反応してしまうから、本当は浮気をしてなくても反応してしまうかもしれないわね。それで? わざわざそんな事を確認するって事はこれをお求めなのかしら、隊長さん?」
「……私については、子どもたちから聞いたのかね?」
「まあ、そんなところね。それは何をするつもりで買うんだい? もし教えてくれたらより良い物を魔道具師が作る事ができるかもしれないわ」
「お察しの通り、犯罪者の発言の真偽を確かめる時に使おうと考えておる。軽犯罪者に加護持ちの力を借りて調べてもらう訳には行かん。多すぎるからな。だが、真偽を確かめる方法があれば楽になるのも事実だ」
「それで、この魔道具に目を付けたと」
「そういう訳だ」
ユキは腕を組んで少し思案したが、とりあえず必要個数だけ聞いて保留にした。
一週間後に見積書を出す事を約束し、衛兵の格好をした衛兵長を見送る。
(また話すべき事ができてしまったわね。ご主人様、早く帰ってこないかしら)
最後まで読んで頂きありがとうございます。
 




