後日譚507.執事は明らかにする事にした
セバスチャンは冒険者ギルドで盗賊の引き渡しを済ませると、酷い臭いが染みついていた荷馬車を清掃用に作られた魔道具で綺麗にした後、アイテムバッグの中からカモフラージュ用の組み立て式の箱を取り出すと、整然と並べた。
荷馬車の中が整った所で荷馬車に馬を繋いで再び通りを走らせた。彼が次に向かったのは商業ギルドである。
馬車のために用意されていた駐車スペースに荷馬車を止めた彼は、職員にじろじろと上から下まで見られながら建物の中に入っていった。その様子を荷馬車の影から覗いている者たちがいたが、職員の視線が荷馬車に向けられると荷物の影に引っ込んだ。
ギルドの建物の中は他の国にあるギルドと大して変わらない。
商人同士気軽に交流ができるように設けられたスペースには数人の商人たちが集まって話をしているし、行商人向けの荷運びの依頼が書かれた紙が張り出された掲示板の前では依頼を吟味している者たちがいる。
カウンターでは用件を伝えた商人が奥の個室へと案内されたり、その場で品物と代金の交換をしたりしていた。また、住人と思われる人物が荷物を預けたり、受け取ったりしている。
セバスチャンは空いているカウンターに向かって歩き、そこで受付をしていた男性に対して丁寧にあいさつをした後、コウチの特産品を取り扱っている店と、珍しい品を幅広く商っている店がないかを尋ねた。
カウンターに座っていた中年の男性が「そうですねぇ」と、取り出した紙束を見返した。
「特産品に関しては正門の近くにある大きな店『サカモト』でしたらたいていの物は取り扱っていると思いますよ。珍しい品に関しては何とも…………もう少し求めている物を詳しく教えてもらえませんか?」
「コウチでしか出回らないような物だと嬉しいです」
「なるほど。それなら地酒がいいでしょう。酒に関しては嗜好品の類になるので扱っている店はだいたいコウチ城に近くにあります。……ただ、運ぶのに難があるのですが、大丈夫ですか?」
「ええ、そこは何とでもなります」
「左様でございますか。……他に、何かお聞きしたい事は?」
「特にないです。それでは、失礼します」
それだけ言って立ち去ろうとしたセバスチャンを受付の男が慌てて引き留めた。
「見た所護衛がいないようですが、雇う予定はありますか? 少々値段は張りますが、信用のできる物を集める事ができますが」
「面倒事に巻き込む可能性が高いので遠慮しておきます」
「…………左様ですか。それでは、くれぐれも夜道には気を付けてください。例え、城壁に囲まれた都市の中だったとしても」
「心得ております。が、忠告感謝します」
受付の男の方へとわざわざ体を向け、深々と頭を下げたセバスチャンは、配達依頼をいくつか受けようかと掲示板の方へと足を向けた。だが、めぼしい依頼がなかったようですぐに掲示板を離れて建物から出て行くのだった。
建物から出たセバスチャンは、すぐに荷馬車の方へと向かった。
荷馬車を止めておいた方の異変には気づいていたようで、大勢の武装した兵士が待ち構えていても彼は表情一つ変えず、荷馬車に向かって歩き続けた。
「止まれ!」
隊長らしき人物がそういうと、やっとセバスチャンは足を止めた。その隙に背後も控えていた兵士が固めている。
「『盗賊狩り』のセバスチャンだな。多くの盗賊を捕らえた事に関していくつか確認したい事がある。城まで同行してもらうぞ」
「……商人の時間を奪うという事がどのような意味を持つのか、承知の上で仰っているのでしょうか?」
「問答無用だ! 抵抗するのであれば覚悟してもらおう」
兵士が一斉に武器に手をかけたところでセバスチャンは一瞬目を細めたが、結局城に大人しく着いて行く事にした。
連行、というほどではないが御者台に座った兵士が馬を操り、セバスチャンは荷台で兵士たちに囲まれたまま城へと向かう。
(一人残らず排除しても次から次へと襲ってくる盗賊。明らかに拡がるのが早い二つ名。立場上、どこの国にも属していないギルドの方々からの忠告の数々。そして、今回の半強制的な連行――シズト様がお越しになるには少々相応しくないですね)
街中でもじろじろと上から下まで見られる事が多かったが、城に入ってからはそれが顕著になった。日本人っぽい見た目は考え物だな、と思うものの、今回の旅はシズトが気にいる物を探すだけではなく、その国がシズトにとって安全かどうかを調べる意図もセバスチャンの中にはあったので丁度良かった。
「随分と奥まで歩かされるようですが、私は今から誰とどんな話をするのでしょう?」
「国王陛下直々に、貴様の功績とやらをお確かめになりたいそうだ。口の利き方には気をつけろ」
「左様でございますか。一介の商人風情にお時間を取って頂くなんて恐れ多い事ですが、協力できる事には協力させていただきましょう」
恐れる事もなく、ただ淡々と答えたセバスチャンが連れて来られたのは謁見の間だった。
セバスチャンが通されたそこには誰もいなかったが、命じられるがまま跪いて首を垂れ待機していると、ぞろぞろと人が入ってくる気配を感じた。
セバスチャンがいる所よりも少し高くなったところに設けられた豪奢な椅子に誰かが腰かけた所で「面をあげよ」という声が重々しく広間に響いた。
「コウチ王、コウチリョーマである。貴様に問うべき事がある。まずは貴様の素性を明かせ」
「かしこまりました。私の名はセバスチャン。ガレオールの女王ランチェッタ様、ドラゴニア王国の第一王女レヴィア様、そして異世界転移者にして我らが主シズト様の御用商人でございます。以後、お見知りおきを」
「ハッ。何を言い出すかと思えば…………その様な世迷言を誰が信じると――」
「くれぐれもご発言にはお気を付けください。今回の騒動の事も含め、すべてシズト様に伝えるか否かは私の気分次第ですから。ただ、信じる事が難しい事も事実でしょう。であれば、証明して差し上げましょう。よろしいですね?」
膨大な魔力で周囲を威圧しながら問いかけたセバスチャンは武器に手をかける兵士たちには目もくれず、アイテムバッグの中を漁り、とある魔道具を取り出した。
それを床に設置し、確認もせずに起動させると淡く光を放ち始め、一際光が強くなった次の瞬間――。
「「「「「こんにちは~」」」」」
大量のドライアドが転移陣の上に現れるのだった。
 




