後日譚506.執事は最低限あればいい
少し加減を間違えてしまい、何人か物言わぬ荷物になってしまったが最低限の情報を手に入れたセバスチャンは、カモフラージュとして使っていた箱を全て解体し、アイテムバッグの中にしまってスペースを空けてから死体を積み込んだ。
懸賞金目当てではなく、単純に報告する際に死体があった方が都合がいいからだ。
生き残った者たちは人並み程度に使えると感じている土魔法で檻やゴーレムを作り、運ばせる事にした。
詰め込み過ぎて身動きできない状態になっているが、盗賊行為をした者は全員犯罪奴隷になる事が大半なので問題はないだろう、とどんどん詰め込んでいった。少々力を入れすぎて骨や間接にダメージを負う者がいたがセバスチャンもドライアドも気にした様子もない。
「これで全部ですね」
「全部だよ~。落ちてる物はどーするの?」
「欲しければ差し上げますよ」
「やった~」
「大した価値がない物ばかりなので、要らないものは捨てておいてください」
「勿体ないよ、人間さん」
「そーだよ、人間さん」
一体何に使うのか少々気になったセバスチャンだったが、深くは聞かずに彼女たちに任せる事にした。
荷台に戻り、目を瞑った彼は、再び魔力を集中させて周囲の状況を魔力探知で探った。
彼が近づいてくる魔物を感じ取ると遠距離から魔法で仕留め、荷台でのんびりと月光浴をしていたドライアドたちがわらわらと出て行ったかと思えば魔物の死体から魔石を抜き取って荷台に戻ってくるのが何度も繰り返され、それが夜明けごろまで続いた。
「たいりょーたいりょ~」
「そろそろリーちゃんの所に帰る~?」
「そーしよ~」
「これはどうしようねぇ」
「日が暮れたら向こうにもってこ~」
「そうしよっか。それじゃあ人間さん、ばいばーい」
「お疲れさまでした」
転移陣を使う事もなく、橋の方にひっそりと置かれた植木鉢の方へと向かったドライアドたちの姿が次々と消えて行こうと、それと入れ替わるかのように大きく欠伸をしながら褐色肌のドライアドが荷馬車に現れようとセバスチャンは気にした様子もなく、荷台から降りて出発の準備を始めるのだった。
ニホン連合は過去の勇者たちがそれぞれ自分の国を持つために協力して生まれた小国家群だ。
その数はシズトたちがいた頃のニホンと同じ都道府県の数があり、それぞれ都道府県と同じ名前が付けられていた。
同郷の者が少しでも親近感がわくようにと、勇者が現れる度にその時の日本の事を聞き出し、それに合わせてそれぞれの国が特産品や観光名所などを変えて行った。
伝わる際に情報が不足していると内容が変わってしまって異世界からやって来た者たちに『これじゃない』と感じさせる事もあるらしいのだが、現地の者たちは至って真面目に、手に入れた情報を再現しようとしていた。
「ここがニホン連合コウチ国の首都コウチですか」
途中の街に寄る度に襲撃してきた盗賊を突き出し、臨時収入を得ていたセバスチャンは周囲の注目を一身に集めていたのだが彼は気にした様子もなく街並みを眺めていた。
遠くの方では木製の楽器を手に持った者たちが奏でられる音楽に合わせて踊っている。どうやら練習をしているようで、途中で音楽が止まる度に最初から演奏がし直されていた。
他の大きな街でも同じような踊りを見ていたセバスチャンはそれに興味を惹かれる事もなく、ただ通りの流れに沿って荷馬車を走らせた。まず目指すべき場所は冒険者ギルドである。荷馬車の後をついて歩くように命じたゴーレムが抱えたり背負ったりしている檻の中にはそれぞれ一人ずつ武装した者たちが入れられていた。
生き残らせる必要はあまりないのだが、死体ばかり運び込んだ時に少々面倒な事になりかけたので生きていた者は活かして運ぶ事にしていたセバスチャンは見覚えのあるイラストが描かれた看板を見つけると荷馬車をそこで止めた。
「ちょ、ちょっと待て! 荷馬車は奥に止めてくれ!」
「かしこまりました。ゴーレムはいかがいたしましょうか?」
「そんなもん街に入れるな、って言いたいところだけど話は聞いてる。荷馬車の周りにでも待機させといてくれ」
来訪者を案内するために待機していたであろうギルド職員に促されるまま荷馬車を移動させ、注射させた近くにあった勝手口のような小さな扉からギルドに入ると、セバスチャンはすぐに呼び止められた。
「アンタが『盗賊狩り』のセバスチャンね。噂は聞いてるわ。アタシはこのギルドを任されているヨルよ。早速捕らえた盗賊を引き渡してほしいんだけど、構わないかい?」
先程の職員とは異なり、明らかに戦闘を生業としていたであろう体格の女性が挨拶もそこそこにそう尋ねると、セバスチャンは「構いませんよ」と返事をして踵を返し、再び外に出た。
「…………随分と派手にやったね。アンタほどの実力者ならもっと生かして捕らえる事は出来たんじゃないか?」
「彼らは盗賊なんですよね? 非難される謂れはありませんが…………弁解をするとしたら一人だけですので一人も逃がさずに街を移動するのが難しいからこうしているんです」
「だったらパーティーでも組めばいいだろうに」
「私の本業は行商ですから」
「アンタのような行商人がいてたまるか」
ヨルは車内に詰め込まれた死体の山を見て眉をしかめ、そう吐き捨てた。
「…………確かアンタ、低ランクだったよな? ランクを上げたいから試験を受けてくれないか?」
「申し訳ございませんがお断りさせていただきます。冒険者登録をしたのは盗賊を引き渡すのに便利だったからなだけで、それ以外の理由はありませんから」
「実力トランクに乖離がある状況はできれば避けたいんだけどねぇ……」
ため息交じりに呟いたヨルは、その後もあの手この手でランクを引き上げないかと提案したのだが、憲兵が生き残りを引き取り、他の職員たちが死体の顔の確認をし終わってもセバスチャンが首を縦に振る事はなかった。




