後日譚501.事なかれ主義者も最初が肝心だと思う
「ラグナさん、久しぶりだね。最近あんまりリヴァイさんと一緒にこっちに来ないけど、今回の対応でいろいろ忙しかったの?」
「いや、そういう訳じゃない。妻の機嫌を少々損ねてしまったようだからそっちの対応に専念していただけだ」
「へ~」
上下に揺れる車内の中、僕の対面に座った男性がしみじみと言った言葉に僕は軽く相槌を打つだけに留めた。
ラグナさんは確か一人しか娶っていないけど、僕はその十数倍娶っているので気持ちはすごくよく分かるけど、どこでどうねじ曲がってレヴィさんたちに伝わるか分かったものじゃないから何も言わないのが正解なはずだ。
「そっちはどうだ? ドーラとは上手くやってるか?」
「うーん……たぶん?」
ドーラさんは他のお嫁さんたちと比べると積極的じゃないから話す機会はそこまで多くないけど、一緒にお風呂に入る日は必ず泡風呂でたくさん遊ぶし、のんびり子どもたちと過ごしている時には気づいたら一緒にいる事もあるので機嫌を損ねるような事態にはなっていないと思いたい。
「僕にはあんまり不満とか言ってこないんだけど、ラグナさんにはなにかそういう話はするの?」
「いや、ないな。俺の所に来るのはリュウトの体調や観察して気が付いた事ばかりだな」
「そっか。それならいいんだけど……」
念のため、レヴィさんにそれとなくドーラさんがどう思っているか聞いてみよう。
上下に揺られながらラグナさんと雑談をしていると、あっという間に目的地に着いたようで、だんだんと窓の外の景色が下がってきた。
「竜車に乗った事がないというのに随分と落ち着いているな」
「まあ、万が一のことがあったらジュリウスが何とかしてくれるだろうし、最終手段の緊急脱出装置もあるからね」
それに、空を飛ぶ経験は魔道具でこれでもかというほどしたのでそれほど新鮮という訳でもなかったし、絨毯と違って囲われているから車体に何かが起きない限りは落っこちる事はないと分かっていたので落ち着いて過ごせたんだろう。たぶん。
むしろ竜車を協力して運んでくれたドラゴンたちの近くをある事の方が怖い。
目を合わせないように気を付けながらそそくさとドラゴンたちから離れ、街の方へと向かうと代官の人がわざわざ城壁の外にまで出てきて出迎えてくれた。
「別に街に入らなくてもここまで来れば余裕で加護を使えるよ?」
「住人たちに加護を使う様子を見せたら布教しやすくなるから丁度いいだろ?」
「え、住人たちも見るの? じゃあ正装の方が良かった?」
「ん? その恰好で問題ないぞ。……いや、その恰好で良かったな。もしもエルフの都市国家で使われているような正装を着てやってきたら面倒な事になったかもしれんしな」
「それならいいけど……」
ほんと、ラフな格好で着てしまったんだけど大丈夫かな。
そんな事を思っていたけれど、特に住人たちと交流するわけでもなかったので問題はなかった。
城壁の上に登り、そこから壁の向こう側に広がっている畑を眼下に納めながら僕は両手を天に広げた。こんな事をしなくてもできるんだけど、パフォーマンスは大事だとレヴィさんに力説されたのでそれっぽい動作をする。
「我が望みを聞き届けたまえ。【天気祈願】」
壁の内側から城壁を見上げるようにこっちを見ているであろう人たちには聞こえないだろうけど、言葉もそれっぽくしていつも通り加護を使うと、思ったよりもそこそこの量の魔力が持って行かれた。
これから何かが起こる予定だったのかな? 天気祈願の適用範囲外でまた起こる可能性があるかもしれないし、一応伝えておこう。
再び竜車に揺られている間にサクッとラグナさんに気になった事を伝え、代官さんから貰った年代物らしいワインを抱えてドランの屋敷に戻ると、ドライアドたちがせっせと草むしりや掃除をしていた。どうやらモニカの言う事はしっかりと聞くようになったようだ。
モニカは加護がないから判別が難しい、というドライアドの言い分はモニカが身につけている結婚指輪に加えて黒髪でメイド服を着ている人族という条件をつけたら問題なかった。
「シズト様のおかげでより管理が楽になりそうです」
「それはよかった……のかな?」
「そうですね。ここの子たちに任せて本館の手伝いや子どもたちの面倒を見る事も可能になりそうですから。もちろん、毎日しっかりと仕事をこなしているか確認するためにこちらに来て、あるばいとの報酬を与える必要がありますし、ほとんどありませんが貴族がこちらの屋敷を訪問した場合は私が対応する必要がありますけどね」
「なるほどね。僕はもう帰るけど、モニカも一緒に帰る?」
「いえ、私はもう少しあの子たちを見張っておこうと思います」
「最初が肝心だもんね」
お互いに苦笑した後は、モニカとドライアドたちに見送られながら転移陣を使ってファマリーの根元に戻るのだった。