後日譚495.箱入り女帝は口止めされた
神聖エンジェリア帝国の女帝であるオクタビア・デ・エンジェリアは十八歳になった際に異世界転移者であるシズトと正式に結婚した。
婚約期間中に派閥拡大をし続けていたが、これが決定打となり女帝派が主流派となり仕事はやりやすくなった。やりやすくなったのだが――。
「まだ結婚したばかりなのに世継ぎの話が多すぎるわ」
「それが統治者の何よりも重要な義務ですから。世継ぎが生まれないと後継問題でまた宮廷内が荒れるでしょう。無論、子どもを授かったとしても安心はできませんが」
「そうね、一枚岩とは言いが痛い状況だもの。産んだら安泰、という訳じゃないという事は分かっているわ。万が一のことを考えると複数子どもが欲しい所ではあるんだけど、そういう考え方はシズト様は嫌がりそうだし……」
「お子様をとても大切にしておられますもんね。ただ、オクタビア様の子どもとして生を受けたからには次世代を担う者としての役割は果たしてほしい所ですが……。ガレオールの女王陛下はそこの所はどの様に対応されているのですか?」
「懇々とシズト様に言っているようよ。ただそれでもシズト様は子どもが望むかどうかも考えた方が良いんじゃないか、的な事をもごもご言っていたけれど」
ランチェッタの剣幕に押されながらも主張したが、その後にディアーヌやセシリアも加わって懇々と教育されていたシズトを思い出し、つい口元に笑みを浮かべたオクタビアだったが、確認すべき書類がなくなったので立ち上がった。
「あとの事はいつも通り任せるわ」
「かしこまりました」
セレスティナに見送られながら転移陣を使ってファマリーの根元に戻ってきたオクタビアは、自分の事ばかり心配するセレスティナの事が少し気になったが、それは彼女の派閥の者が解決する事だろう、と考えるのをやめた。
「……流石にこの格好のまま向こうに行くのは問題よね」
政務をするために華美な装飾がされた冠を被り、胸元が大きく開いたデザインのドレスを着ていた彼女だったが、この後に控えた予定をこなすためには今の服装は好ましくないだろう、と考えて一度自室に戻って着替える事にした。
部屋付きの侍女がいなくても一人で着脱できるように工夫されたドレスを魔法を用いながらサクッと脱ぎ、シンプルなワンピースに袖を通した彼女が屋敷から出る頃には日が随分と傾いていた。
急がなければ、と転移陣がたくさん置かれている場所に向かうと、丁度町の方から長身の女性がやってくるのに気が付いた。どうやら行先は同じらしい。
「ラオさんも仕事終わりですか?」
「ああ。っていうか、私に敬称も敬語もいらねぇって言ってんだろ」
「こっちの方が楽なので……」
「……まあ、いいけどよ。アタシは合わせねぇからな?」
「構いません」
ラオが言いたい事もオクタビアには分かっていたが、シズトから一番信頼されていると思われるラオに対して丁寧に接した方が良いという思いは変わらない。ただ、ラオだけにその様な対応をしていると妙な勘繰りをされる可能性もあるのでシズトの妻である者たちには同様の対応をするように心がけていた。たとえパメラであっても敬語で話し続けるように意識していた。
「ラオさんもこれからドランへ行くのですか?」
「ああ。お前も行くのか?」
「はい。ちょっと大地の神様の所で祈りを捧げようかと」
「なんだ、目的地は一緒なのか。……じゃあ、一緒に行くか?」
「是非!」
あまり接点がなく、積極的に関わって来ないラオとの仲を深める機会を逃すわけにはいかない、と食い気味で返事をしたオクタビアに少し驚いた様子のラオだったが、彼女は特に何も言わずに転移陣を起動した。
すると、どこからともなくドライアドっちが集まってきて転移陣の光をジーッと見つめている。
「向こうの準備はできているようです」
「見りゃわかる。ほら行くぞ」
「ばいばーい」
「行ってらっしゃいでござるー」
「行ってきまーす」
「…………ん?」
「え?」
「んえ?」
ドライアドたちに見送られながら転移したのはラオ、オクタビア、それから褐色肌のドライアドだ。
しばしの間、ラオとルウを交互に見ていた褐色肌のドライアドは、ドランの屋敷に設置された転移陣をい番最初に降りて屋敷から出て行った。
「……まあ、いいか」
「……そうですね。夜ご飯に遅れてしまうかもしれませんし、行きましょうか」
「そうだな」
ドランの街になれているラオと違って、オクタビアは街の様子が気になるのか、教会への道すがらずっとキョロキョロしていた。気になる物に目を止める度にラオがそれを察して端的に説明するのが目的地に着くまで続いた。
「……あれ、ラオさん。そっちは妊娠祈願の列じゃないですよね?」
「ああ、アタシはそれが目的じゃねぇからな」
「ルウさんの安産祈願ですか?」
「あー、まあ、それもあるっちゃあるけど、どっちかってーとメインは避妊だな。今すぐ子どもが欲しいってわけじゃねぇから、ルウの出産の時期とずらすんだ。ギルドマスターを任されてる奴らが同時期に出産ってなると困るだろ?」
オクタビアはなんと返すべきか迷い、開いた口を再び閉じた。
ラオはそんな彼女に「アタシから言うから余計な事言うなよ」と釘を刺すのだった。