後日譚494.元引きこもり王女は丸投げするつもり
レヴィア・フォン・ドラゴニアが第二子を授かっても彼女のルーティンは変わらない。
日が昇る前に目を覚ました彼女は、最近また着るようになったお腹を締め付けない寝間着からオーバーオールに着替えを済ませてそのまま部屋を後にした。ただ、部屋の前に控えて待っていた侍女のセシリアから室内に戻されて軽く化粧される事になったのだが、これはいつもの事ではない。
「今日は何かあったのですわ?」
「国王陛下たちがお越しになると先触れが届きました」
「また来るのですわ? でも、お父様たちだったら別にお化粧をする必要はないと思うのですわ」
「たとえ相手がご両親だったとしても、最低限のお化粧はしておくべきだと思います。それに、レヴィア様が妊娠されてからはあの二人が来るのは初めてだったと思いますよ」
「そうだったのですわ? ……あんまり覚えてないのですわ~」
大人しくされるがままになっていたレヴィアだったが、本当に最低限の化粧をしただけで「どうせすぐに化粧直しが必要になるからこれだけでいいのですわ」と言って部屋から脱走するかの如く飛び出て行った。
その後をため息を吐いたセシリアが追いかける。
金色の縦巻きロールを揺らしながら階段まで駆け抜けたレヴィアだったが、階段は慎重に降りる。普段だったら数段飛ばして駆け降りる彼女だが、お腹の中に子どもがいるという自覚はあるのだろう。
「廊下もそのくらい慎重に歩いて欲しいんですが……」
「こけるくらいならなんとでも庇えるのですわ」
「左様でございますか」
再びセシリアがため息を吐いたが、レヴィアは耳を通り過ぎたのか全く反応を示さなかった。
屋敷の正面玄関を開けると、だんだんと明るくなっている空の下、真っ黒な肌のドライアドたちが畑をウロウロしているのが見える。レヴィアたちが彼女たちを見る時、彼女たちもまたレヴィアたちを見ていた。
だが、それも長くは続かない。双方、興味を失ったかのように視線を逸らすと、片方は先程までしていた
見回りを再開し、もう片方は祠めがけて駆けて行った。その後ろを慌てた様子でメイド服の女性が追いかける。
そんな風景を普段は白い毛玉と化しているフェンリルが何となく見ていたのだが、大きな欠伸をすると再び丸まって動かなくなった。
祠の掃除をセシリアが主に行い、レヴィアは腰につけたアイテムバッグ化しているポーチをまさぐり、その中からお供え物をいくつか取り出すと、それぞれの祠の所定の位置に供えた。
「…………よし、早速作業を始めるのですわ!」
「ほどほどにお願いしますね」
「今の時期だったらそこまで気にする必要ないのですわ」
「この前日光浴していたドライアドに躓いてこけたのはどこの誰ですか」
「あれはあんなところで寝転がっているのが悪いのですわ。それに、こけるくらいだったら庇いきれるのですわ」
「だとしても、暗いんですからいつも以上に気を付けてください」
セシリアにくどくどと言われて煩わしそうにしつつもレヴィアはポーチの口を大きく開け、中から魔道具『浮遊ランプ』を取り出して起動した。少しいい魔石を入れた事によって周りを強く照らす光が周囲に放たれる。
それを真っ黒な肌のドライアドたちが眩しそうに見ていたが、光が気になるのか後からどんどん集まってくる。
「照らさない方が安全に歩ける気がするのですわ」
「照らせとは言ってないです。走り回って農作業をするなって言ってるんです」
早朝の農作業を終え、朝食をシズトや彼の側室たちと共に食べた彼女は、妊娠した面々を連れて転移陣を使ってドランへと赴いた。目的はもちろん安産祈願をするためである。
「毎日続けるのはちょっと大変じゃん」
「ファマリアにも大地の神様の教会があればいいのにね」
狼人族のシンシーラがため息交じりに呟けば、狐人族のエミリーも同意するように後に続いた。
彼女たちが向かっているのは出産も司っている大地の神の教会である。歓楽街の方にあるため、安全のため近衛兵が周辺を警護している馬車で移動していた。
「交渉してみるのですわ?」
「んー、他の宗教をあまり入れすぎない方が面倒事は少ないんじゃないかしら?」
シズトに言えばすぐにでも対応してくれるだろうが、問題はファマリアという街の特殊性だろう。
外からどんどん他の貴族を受け入れている現状でもトラブルが絶えないのに、そこにさらに教会を入れたら大変な事になるだろう、というのがギルドマスターをラオと共に任せられたルウの意見だった。
「大地の神様だけなら問題は起きない気がするのですわ。今後の街の事を考えると、避妊や妊娠や安産のお祈りの需要が高まってもおかしくないのですわ。。そこから突っつけばシズトもオッケーすると思うのですわ~」
「シズトくんはそうでしょうけど……」
「他の教会がどう動くかが疑問じゃん。なし崩し的に一気に参入してきそうじゃん」
「今でさえ土地が足りてないけどそこはどうするの?」
「……そこら辺はホムラたちに任せるのですわ!」
「また大規模な町づくりが始まりそうね。町の子たちに仕事が増えるのは良い事だけど、トラブルが起きないかも見張らせないといけないわね」
色々不安な事が尽きないようだが、馬車が止まれば四人は話を切り上げて馬車から降り、教会で祈りを捧げるために中へと入っていくのだった。